いつ渡そう。今は絶対に無理そうだし……休み時間? いやでも声をかけるタイミングなさそうだし。だったら昼休み? いやいやそれこそ声かけられないし……あー、ダメだ。頭がぼーっとして何も考えられない。

 雨に濡れたせいだろうか。身体がすごくだるい。

「日和くん、おはよ」

 自分の席に座るや否や、弾けたような明るい声が聞こえて。まさか、と僕は顔をあげる。

 そこにいたのは、水戸さんだった。

「お、おはよう……」

 ぎょっとして、声がうわずってしまう。

 そんな僕のことなどつゆ知らず、水戸さんは僕に笑いかける。

 だから、当然周りは困惑して、ざわつきだす。

「日和くんにちょっとお話があるんだけど」
「え、僕に……」

 話がある、のはおそらくこの前体調を崩したときのことかもしれない。が、この状況はさすがにまずい。

「えーっと、あの……」

 僕が悩んでいる間にもクラスメイトは、遠くから僕たちを眺めるように視線を向けられる。

 頭は、ぐるぐると回っていて。

 心なしか目の前もぼーっとしてきた。

「日和くん?」

 水戸さんの声が、二つ聞こえるようで。

 ──ああこれは、やばい。

 そう思ったときには、僕は目の前が真っ黒になったんだ。

 最後に聞こえた声は、聞き覚えのある声だった。


 ***


 ──日和くん。

 どこかで僕を呼ぶ声がする。

 真っ白な空間の中にたった一人、自分がいて。その向こうには、水戸さんが見えた。

 待って。

 手を伸ばしても、届かない。触れられない。

 水戸さんが、振り向いた。

 けれど、彼女の表情はあまりよく見えなかった。

「……あれ、ここ……」

 重たいまぶたを押し上げると、天井が見えた。

「よかった。日和くん、気がついたんだ」

 おもむろに声が聞こえて、顔を動かせば、水戸さんが僕を見つめていた。

「ど、して僕は……」
「日和くん、学校に来てすぐ倒れちゃったの」
「え、倒れ……」

 僕が、倒れたのか?

「うん。話しかけたときに、具合が悪そうで……て覚えてない?」

 話しかけたときに……あっ、あのときか。そういえば僕、ここ最近調子が悪かったっけ。それで今朝も頭がぼーっとしてたし。

「あ、うん、なんとなく断片的に」

 雨に濡れたせいかな。それとも、焦ってたからかな。

「でも、日和くんが目を覚ましてほんとに……よかった」

 口元に両手を合わせて、はあ、と安堵の息を吐く水戸さん。

「日和くんが倒れたとき、私、すごく怖かった……このまま目が覚めないんじゃないかって思ったの」

 心なしか彼女の顔色は少し青ざめているようで、

「心配かけて、ごめん」

 支えるつもりが、また負担をかけてしまったなんて。