「死ぬのは、すごく怖いです。怖くて、夜も眠れない。朝になっても目覚めなかったらどうしようとか、眠ったらこのままなのかなとか。今日は一日過ごせるかな、明日も過ごせるかな。いつもそんな不安と闘ってます」
ぽつりぽつり紡がれる言葉を聞いて、ぎゅっと手のひらに力が入る。
「だけど……目が覚めたとき、学校でみんなに会えたとき、今日も過ごすことができたとき。〝ああよかった。みんなに会えて幸せだなぁ〟って、心の底から思うんです」
水戸さんはどんな表情で、言ってるのかな。
「そうしたらまた明日も会いたいって思って、明日も生きたいって願うんです」
すごく、すごく気になって。
「病院に入院して病室の中で過ごしたら私……楽しいなんて思えない。幸せなんて思えない。生きてるのに、心は死んでるみたいになる…と思うんです」
けれど、このドアの向こうに僕は行けない。
「だから私は、ここにいたい。許される間だけでも、可能な限りここに……だって私にとっての幸せは、みんなと過ごすことだから……」
──水戸さんの幸せ。
それが、〝今〟ここにある。
「先生、どうかお願いします。どうか……もう少しだけ私に、時間をください」
ああ僕は、なにをやっているんだ。
彼女の決意を、勇気を、希望を、全部無駄にするな。
奥歯を噛み締めて、拳を握りしめると、その場を走った。
走って走って、たどり着いたのは教室。
「おー、牧野。水戸さん知らねー?」
釘崎くんが僕に駆け寄った。
今、彼と話している時間なんてない。僕には一刻の猶予も残されてはいない。
「釘崎くん、水戸さんのかばんを保健室に届けてもらえるかな」
「は? かばん? ……なんで」
理由なんか説明してる暇はない。
「とにかくお願い。今すぐに」
それだけを言うと、僕は自分のかばんを掴んで教室を飛び出した。後ろで僕を呼ぶ声が聞こえたけれど、その声に止まることはなかった。
***
水戸さんと行った河川敷を探した。四つ葉のクローバーを見つけるために。けれど、全然見当たらない。
「ない、ない……なんでない……んだよっ!」
芝生の上に拳を叩きつける。
──ポツッ
そんな僕にとどめを刺すように、空からは雨が降ってきた。
それは次第に強まって、雨粒も段々と大きくなる。
「……こんなときに……」
神様は、不公平だ。
どうしてこんなに平等じゃないんだ。
生きたいと願う人間が生きられなくて、そうじゃない人間が長生きをして。
なぜだ。なぜだ。
「──どうして、なんだよ……!」
どんなに嘆いても、空は晴れない。
どんなに嘆いても、世界は変わらない。
時間は、止まらない。
ただ、一秒ずつ時間を刻む。
水戸さんの時間は、一秒ずつ縮んでしまう。
「うわーー……!!」
雨に打ちひしがれながら、泣き叫んだ。
僕の涙は、やむことはなかったんだ──。