「今度は絶対一緒に行くから、また誘ってくれると嬉しいなぁ」

 彼女がひとつ笑顔を見せると、

「仕方ないなぁ、じゃあまた誘うから次は絶対に行こうね?」

 みんな納得して、誰も怒る人なんていなかった。

「うん、約束ね」

 断られているのに、みんな笑顔だ。

 まるでそれは、魔法のように。

 彼女の笑顔ひとつでクラスメイトは笑顔になる。

「もーっ、小春ちゃん大好き!」

 クラスメイトみんながわいわいと明るくて。

 どうやったらあんなに人を笑顔にできるんだろう。和ませることができるんだろう。

 憂鬱な毎日が水戸さんの笑顔のおかげで、少しだけ色がつく。

「牧野いるかー?」

 広げた本を放置したまま水戸さんを眺めていると、突然僕の名前を呼ぶ声がする。視線を移動させると、そこにいたのは担任の先生。

「お、いた。ちょっと今いいか?」

 そう尋ねながら手招きをする先生。

 僕は、開いたままの本を閉じて席を立つ。

 誰ひとり、僕のことなど気にも留めない。

「悪いが今から手伝ってほしいことがあるんだがいいか?」

 みんなの視線は、水戸さんへ集まっているのだ。

「あ……はい、大丈夫です」

 誰も僕へ興味を示さない。

 誰も僕を必要としてくれない。

 ──まるで僕は、透明人間。

 そう思うと、この世界に必要のない人間のように思えてならない。

「小春ちゃんってほんとに可愛い!」

 教室から出るとき、一度顔を後ろへ向けた。

 そこには、眩しいくらいの笑顔があった。

 笑うと陽だまりのように、または満開の桜が咲いたように。心の奥底まで、深く深く照らしてくれるその笑顔に、僕はいつだって救われている。

 そんなこと、きみは知らない。

 僕の存在だって気づいていないだろう。

 だって僕たちの住む世界は、こんなにも遠いのだから。


 ***


「……ちょっとコンビニ行って来る」

 家の中は冷え切っていた。僕が、受験に失敗してからだ。母さんは、ちら、と一瞬僕を見たあと何もしゃべらずにまた視線を戻した。

 〝勝手にしなさい〟

 まるでそんなに言われたようだ。

「はあ……息がつまるなぁ……」

 家の中に居場所がないからこそ、こうやって何かと理由をつけて外に逃げるのだ。

 べつにコンビニに用があるわけじゃない。が、何も買わず手ぶらで帰るのは嘘だとすぐにバレる。だから仕方なく、ミネラルウォーターだけ買って店を出た。