「だって私、病気だから制限がすごく多いの」

 〝病気〟と告げられて、忘れそうになっていたそれを思い出すと、胸の奥がチクリと痛む。

「ご、ごめ──」

 謝ろうと思った。

 けれど、やめた。

 ここで謝るのは、水戸さんに対してなにか失礼な気がしたからだ。

「体育だってね、ほんとはやりたいんだよ」

 そんな僕を知ってか知らずか、わずかに口元を緩めた彼女は、

「思い切り走ってみたいし、体育祭だって出てみたい。走って風を切るってどんな感じなのかなって思うし、バスケだってしてみたい。バレーだってそう。もっともっとやりたいことあるし」

 ひとつひとつ指を折りながら、紡ぐ言葉は、まるで希望に満ち溢れているようで。

 知らなかった。

 水戸さんがこんなにやりたいことができていなかったなんて。

 僕とは、違うと思っていた。

 全てを持っているような人だから。

「でも、なかなか思うようにいかないの。身体が……」

 悲しそうに笑ったあと、

「たまに起こる頭痛とか痛みは薬で抑えてるけど、少しずつ痛みが増してくるんだって。今は動けてるけど、段々とできないことが増えてくるだろうって言われたの」

 さっきまでの希望に満ちた笑顔は、どこへ消えてしまったのだろう。

「ほんとはね、すごく怖いの。今は生きてるけど、あと半年もしたら私この世界からいなくなっちゃうのかなって……」

 彼女に、悲しい顔は似合わない。

「そうしたらみんな忘れちゃうのかな。私のこと忘れて楽しいことに夢中にになっちゃうのかなぁ」

 彼女には、笑顔でいてほしい。

 一番、笑顔が似合うから。

「そんなことない!」

 ──水戸さんには、笑っててほしい。

「忘れるとか、そんなこと絶対にない……」

 水戸さんに悲しい思いはしてほしくなかった。

「そもそも、水戸さんがいなくなったりしない……」

 僕は、まだ信じない。

 水戸さんがあと余命半年だなんて、絶対に。

「牧野くん……」

 ──信じたくない。

 だから、

「水戸さんがやりたいと思うこと全部しよう」

 僕は今を生きる。

 そして、水戸さんも。

 僕は、これからもきみと過ごしたいと願うから。

 ──この世界に奇跡があると信じたい。

「そしたらきっと……余命なんて忘れてる。ずっとずっと笑って過ごしていられる」

 今の医療は素晴らしいんだ。

 難しい病気だって、治してる。

 日本の医者はすごいんだ。

 それに。

「先のことなんて誰にも分からないから……奇跡が起こるかもしれないし……」

 なんてこんなこと言っても、水戸さんにとって全然慰めにならないだろうけれど。

「ありがとう牧野くん」

 そう言って、一筋の涙を流した水戸さん。

「……私、やりたいこと考えてみるね」

 そのときの笑顔は、とてもとても柔らかくて温かくて。

 ──僕は、このとき思った。

 水戸さんのことが好きなんだって。