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高校生になって半年が過ぎた。それでもまだ夏の名残を感じさせるのは、この暑さのせい。
僕、牧野日和の休み時間の過ごし方は、本を読むことだった。親しい友達もいなかった僕にとって、本を読む以外のことが思いつかなかったからだ。
中学の頃は、勉強ばかりしていたせいで周りから『なんでそんな勉強に必死なの』『ガリ勉』って言われたこともあった。
けれど、僕が望んで勉強をしていたわけじゃないし、必死だったわけでもない。
ほんとは、もっとみんなみたいに放課後友達と遊んだり、好きな人ができてどきどきする感情を知ってみたりしたかった。
きっと、僕はたくさんの知らないことがある。
それは、両親に勉強をして人よりもいい大学に入りなさいと小さい頃から言い聞かされてきたせいだ。両親共に教師だからこそいつも厳しくて、テストで赤点など許されず、遊ぶことだって、お菓子を食べることだって、何もかも禁止されてきた。
親が薦めた偏差値の高い高校を言われるがまま受験したが、努力の甲斐も虚しく不合格の通知。
それを見て親は、僕に呆れたのか何も言わなくなった。干渉されなくなったといえば聞こえはいいが、それはある意味親に期待をされなくなったことと同じ意味だった。
けれど、僕は思った。
〝これで自由になれる〟
そう思って、高校ではできなかったことを全てやりたいと思った。青春といえるものを経験してみたかった。
けれど、勉強しかしてこなかった僕の対人スキルはかなり低くて、遊ぶどころかクラスメイトとはあいさつ程度だ。おまけに周りから僕は、あまり認知されていないようで、まるで僕は透明人間。
この世界に僕は、必要ないのではないかとさえ思って、憂鬱になりかける日々。
けれど、そんな僕にも唯一救いがある。
「小春ちゃん、今日パンケーキ食べに行かない?」
ある日の休み時間、教室の中央で彼女を取り囲む男女の群れの声が響いた。
その中心にいたのは、クラスメイトの水戸小春。背中まで伸びるさらっさらな黒髪は天使の輪を作り、とびきりの笑顔を浮かべる彼女はいつも明るくて可愛くて。彼女は、マドンナ的存在。
救いとは、彼女の笑顔を見ることだ。
「ごめんっ、今日は先約があって……!」
パチンッと僕のところまで聞こえてくる音は、水戸さんが両手を叩いた音。
「ほんとはみんなと一緒に食べに行きたいんだけど……でもっ、今日はどーしても外せない用事があって」
僕は、いつも一人だ。クラスメイトともほとんど会話をしたことがない。もちろん水戸さんとも。