「哲也おはよ」

 教室へ着くと、哲也の席には彼の姿。

「うっす……」

 漫画に目を落としながら、彼は感情の消えた挨拶をした。そんな彼の前まで行き、俺は聞く。
 
「今朝どうした?」
「なにが」
「哲也が来ると思って、家で待ってたんだけど」
「あー。寄るの忘れたわ」
「そう……」

 哲也は部活にも来ず、嘘をついた俺に不満がある。俺は俺を疑った哲也に不満がある。話し合い(わだかま)りを拭い去ればいいだけなのに、青い春を生きる俺等はそういうことが不器用だ。

「今日もどうせ、部活来ねーんだろ?」

 いつまで経っても捲りもしないページに目を向け続ける哲也が表明するのは、ただ俺を見たくないって、それだけ。

「悪い。今日も行けないんだ」

 そう謝っても、彼の態度は変わらない。

「そっか、べつにいいよ。真斗も太一も頑張ってくれてるし、次の練習試合は修斗なしでも平気だから気にすんな」

 顔も見たくなければ試合にも来て欲しくない。争いを()けた遠回しな哲也の言葉に、大層傷付く自分がいた。

 朝のホームルームが終わり、1限目が始まるまでの時間を俺は教室のベランダで過ごす。校庭をぼんやり眺めていると、あの音がした。

 ダンッダンッ……

 その音は体育館から。バスケの授業でもするのだろうか。

 ダンッダンッ………

 手すりに預けた両腕へ頭を乗せて瞳を閉じれば、目に浮かぶはバスケ部の仲間たち。このままずっと瞼の裏側、彼等とボールを追いかけたい。

 夢見心地の中、薄ら目を開けて体育館の方を見やる。隣のクラスへと続く長い手すりの先に、それはある。あそこに今度横井が来るというのに、俺は蚊帳の外だ。
 なんだか滲んできた視界のまま目を開け続けていると。

「おはよ」

 隣のクラスの手すりに、白くて綺麗な手が乗った。