「哲也ともう1回付き合ってやってよ」

 哲也は真那花を愛してる。

「哲也いい奴だよ、俺のお勧め。またやり直せるよふたりなら」

 彼女の顔は見られないから、俺は前(かが)みになりひたすら地面を眺めていた。

「哲也をフッたこと後悔するぜ?あいつより真那花を大事にしてくれるやつなんて、他にいないよ。真那花には哲也がいい、まじでそう言える」

 そうビシッと断言するけれど、不服な彼女も強い口調。

「どうして今哲ちゃんの話が出てくるの?関係ないじゃんっ」
「関係あるだろ。あんな勝手なフリ方しておいて、その好きな奴が俺でしたなんて、哲也がなんて思うか──」
「私からフッたんじゃないっ、哲ちゃんが別れようって言ったのっ」

 真那花のその言葉は、俺を混乱させた。

「え、哲也から……?」

 まだ真那花を好きな哲也が彼女をフッた。それは理解し難い行為だ。
 何から聞けばいいものかとこめかみを掻いていると、真那花がさらに衝撃的なことを言う。

「修斗のことが好きなら修斗と付き合っていいよって、そう哲ちゃんは言って別れてくれたの。修斗も真那花のことを好きだと思うからって」

 バンッと弾丸にでも貫かれた感覚に陥った。バクバク騒ぐ、胸の鼓動。

「私、修斗が好きだったのに哲ちゃんの告白をオッケーした最低な人間なの。修斗は人気があって、私の周りでも修斗を好きな子がたくさんいたから諦めようとしていて、それで哲ちゃんを逃げ場に利用したのっ。哲ちゃんを好きになれたら修斗を諦められるって、そう思ったのっ。でも、そんな私の気持ちは哲ちゃんにバレバレで……」

 当時のことを思い出しているのか、真那花は頭を抱えていた。

「体育館でもどこでも修斗のことばっか目で追っちゃうし、月仲校との練習試合で修斗の姿がなかった時なんて、哲ちゃん放ったらかしで修斗んち行っちゃうしさっ。もー本当最低な彼女だった。でも私がごめんねを口にする度に、哲ちゃんは優しくこう言ってくれるの。いつか振り向かせて見せるからって、俺が修斗を超えられないのがいけないんだって。哲ちゃんの大きな愛で、3年以上もやってこれた。けれどやっぱり自分の心に嘘はつけなくて……いつまでも修斗を好きな私を、最後に哲ちゃんはフッてくれたの。私を悪者にしないでくれたの」

 そこまで聞けば、居た堪れなくなった。哲也は俺を好きな恋人をずっと大事にしていて、何年も彼女の心を掴もうと努力していて、それなのに最後は優しく手放し、背を押してあげて。この数年間の彼の心情を察してしまえば、苦しくなった。

「ねえ修斗」

 全身引きちぎられたような感覚に襲われていると、真那花からはまた、あの質問。

「私たちは付き合えないの?修斗は私のこと、どう思ってるの?」

 俺の歩むべき道はどれなのだろうか。ごたごたした頭で考えても、陳腐な答えも見出せない。
 キスしたり手を繋いだりしたくせに、肝心な気持ちを打ち明かさないなんて道理に反しているとわかっている。でも俺は哲也と話してからじゃなきゃ、あいつの気持ちを聞いてからじゃないと、真那花のその手は取れないんだ。

「ごめん、今は言えない。もう少し待ってて」

 俺のこの言葉は彼女がベンチを立ち、走り去るきっかけとなった。