帰宅しても、俺はなんだか落ち着かなかった。

「こんな時間に走りに行くの?明日も早いんじゃないの?」

 月が主役の夜10時。玄関で靴紐を結ぶ俺に、母は聞いた。

「どーせ寝れねーし。ちょっとだけ風にあたってくるわ」
「気をつけてよ?」
「うん。なんか買ってくるものある?」
「じゃあ牛乳、お願い」
「おっけ」

 走り出す俺の後ろで「気をつけてねー」ともう1度、母の声がした。

 今夜は暑い。というか8月の夜はずっと暑い。電気代を気にする母にバレぬようこっそりとクーラーの設定温度を下げて寝よう。掃除機がてら、彼女は俺の部屋のいらぬ部分まで見渡してくるから、リモコンの数字を戻し忘れるのは禁物だ。

 30分ほど走った公園の蛇口で火照った頭に水をかけ、俺はコンビニへと向かった。

「あれえ、修斗じゃん」

 やっぱり24時間スーパーの方が安かったかなとか考えながら、牛乳片手にレジで順番待ちをしていると、誰かに背中を叩かれた。振り向き、その誰かを確認する。

真那花(まなか)

 平原真那花(ひらはらまなか)。母校の南山(なんざん)中学校から、俺と哲也の他に崎蘭高校を選んだ唯一の人間だ。

「あはは。よくわかったね、スッピンなのに」
「中学ん時はスッピンだったろ。それに相変わらずの団子ヘアですぐわかるわ。こんな遅い時間に出歩くなよ」
「だって暑いから、炭酸飲みたくなっちゃってさ」

 彼女の腕に抱えられた1.5リットルのペットボトル。ふうんと鼻で応えた。

「なに。修斗の髪の毛なんか濡れてない?汗?」

 俺の襟足を指で摘んで、真那花は言った。

「なんか水、垂れてるけど」

 俺はぷるぷると首を振る。

「公園で水ぶっかけたから、たぶんそれ」
「なんで?」
「走って汗かいたから」
「うわ、ザ・男子〜」

 ふたり会計を済ませ出た店の前、彼女は俺に手を振った。

「家反対だよね?じゃあここで」
「なにお前、歩き?もう11時になるぞ」
「大丈夫だよ、近いし」

 真那花の家ってどこだったけなと斜めに黒目を上げて、5分くらいならいいかと思い、「送ってやんよ」と彼女に言った。
 袋を断った牛乳パックとペットボトルは、俺の手の平ですぐに汗をかいていた。

「バスケどう?まだトーナメント残ってるの?」
「おう。昨日勝った」
「えー、すごいじゃん!おめでとう!修斗も出た?」
「出た出た。けっこう点入れたぜ」

 実を言うと、今の俺がバスケを続けられているのは、彼女のお陰だったりする。

「次の試合はいつ?」
「明日」
「どことやるの?」
「深間」
「誰か誘って、観にいこっかなー」

 顧問に愛想を尽かされて、ベンチにも入れなかったあの日。彼女は俺を救ってくれたんだ。