がむしゃらに徘徊した街でひとり考え、俺はある決断をした。

「数学の梶先(かじせん)の宿題量えげつねーわ!試合で勝ち進んだ時くらい免除して欲しい〜。昨日も疲れてたのによぉ」

 翌朝。俺を迎えに来た哲也が目を擦りながらそう言った。

「な、そう思わねえ?」

 ふいと顔を覗かれて、口元を上げる。

「そんなに宿題あったっけ。やってねぇ」
「え、まじかよやっば。梶先の拳骨(げんこつ)いってぇぞ〜」

 昨日の俺は、それどころではなかった。

「哲也」

 爪を(いじ)りながら、名前を呼んだ。

「俺、今日の部活パス。中川原には上手いこと言っといて」
「はぁ?なんで」
「ちょっと野暮用」
「野暮用?」

 なに、と聞いてくる哲也には「野暮の用だ」と理不尽に言って納得させた。


 放課後のチャイムと同時に校舎を出た俺は、急いで電車に乗り込み地元の駅へ舞い戻ると、とある場所へと向かって足を走らせた。

「おはようございますっ。今日からお世話になります花奏です、よろしくお願いしますっ」

 着いた先は、家からそう遠くはない小さな花屋。昨夜決断をしたのはいいが、スマートフォンを家に置き去りにしていた俺は、店頭の貼り紙を探してまわったんだ。バイト募集、と書かれている紙を。そして年齢、期間、勤務時間。それ等が俺の希望と全て合致したのがここだった。

「花奏くん、働くのは初めて?」
「はい、そうです」
「よろしくね。主人が怪我で入院しちゃったんだけどじきに戻ってくる予定だから、たった1か月しか雇ってあげられなくて申し訳ないねえ」
「いいえ。僕も長くは勤められないので、ちょうどよかったです」

 給料は千葉県最低時給。それでも有り難かった。即俺を雇ってくれる場所があることに。
 自分で稼いだ金でバッシュを買うと決めた。余った金はとっといておけば、また入り用になった日に使えるだろう。

「親御さんは知ってるのよね?あなたがここで働くこと」

 俺とは違う時代に産まれたであろう花屋の店主は、難しい書類を通さなかった。履歴書もなければ親の承諾書も必要なし。給与は1か月後に、手渡しだという。

「は、はい。もちろん知っています」
「そう。それなら安心ね」

 母や父がこんなことを知れば、悲しむかもしれない。部活をサボりバイトを選ぶなんていけないと、咎めるかもしれない。そしてその理由が家の貧困だなんてわかれば、母は泣くかもしれない。
 だからべつに、知らせる必要などないのだ。俺が勝手にバッシュを買いたいだけ。こんなこと、他の誰だって知らなくていい。