試合前、いつもに増して、中川原は鬼気(きき)迫った表情。

「正直流羽武(るうぶ)校とは準決勝ではなく、関東行きが決まった後の決勝であたりたかった」

 彼のその発言に潜在(せんざい)している意味は、負ける可能性があり得るということ。

「しかし初めから勝敗が決まっている試合などこの世に存在しない。しかもお前たちは周りが勝手に決めた少ない確率でここまで来たんだ。今日も必ず勝てる。俺はそう思っている」

 中川原の唇の震えは、1月の寒さのせいではない。コーチの抱えるプレッシャー、それが出た。

「花奏」

 名を呼ばれ、「はい!」と威勢の良い返事をする。

「お前は昨日のこともあり、万全でないと承知している。それでも俺は、花奏修斗という人間をスタートから使いたい。これは俺の我儘だ。断るなら今、断ってくれ」

 中川原の目には、不安、期待、希望と、色々が混濁(こんだく)していて、直視するのに勇気がいる。その瞳に映る自分もそれと同じような目をしていた。
 身体に支障があるかと聞かれれば間違いなくイエスと答え、今からフル出場できる元気があるかと問われれば当然ノーだ。けれど俺は自分のことを1番よく知っている。そんなものは、このゾクゾクを止める理由に値しないって。

「やれます」

 俺はバスケを愛している。そこにボールがあるならば、それでネットを揺らせたい。

「最初から全力で、挑ませてください」

 その言葉で、中川原の瞳から不安だけが取り除かれた。大きく息を吸って、彼は言う。

「花奏、斎藤、井頭、小俣、大林!思う存分暴れてこい!」