「ただいま」

 帰宅したリビングには、父の姿のみ。空のオレンジよりも赤に近い彼の顔が、今日の商売も早く切り上げたことを表していた。

「母さんは?」
「スーパー」
「売り子の帰りに行けばよかったのに」
「遅い時間の方が、値引きシールがどうとか言ってたぞ」
「そっか、お得だもんね」

 気持ちとは裏腹に、朗らかな笑みで返す。
 靴下を脱ぐと、そこにも夕焼け色が潜んでいた。右には負けぬと言わんばかりに、左足も同じ場所からじわりと染まる。もはや親への遠慮などしている場合ではない。けれど。

 バッシュを買って欲しい。

 普通の男子高校生ならばあたり前に言えるそのひとことが、喉にガムでもつかえたように吐き出せない。
 父の顔を見る。酔っているから、今は言えない。

「母さんの売り子効果あった?」

 帰宅すればバタバタと炊事をし出す母の姿が目に浮かび、少しでも手助けになればと、食卓を拭きながらそう聞いた。父は、ははっと笑っていた。

「20年前の母さんならイケたかもな。今日は全然だったよ」

 それ以上会話が続かなくて、俺は卓へ目を落とすだけ。すると目についた、明細書。ペンスタンドに無造作に入っていたそれが、俺の心を渦巻いた。
 用紙に並ぶは6つのゼロ。元金、利息、残高。できることならば人生で関わりたくない漢字ばかりが確認できた。

「と、父さんっ」

 咄嗟に父を呼んでしまったのは、確かめたかったから。

「うちって、やっぱり貧──」

 貧乏なの?
 日々頑張ってくれている親にこんな質問を投げかけるなんて、最低だろうか。

「なんだ?」

 父と目が合えば、天に召されていく意気込み。聞きたい、でも聞けない。

「ううんごめん、なんでもない」

 バッシュが欲しいなんて、絶対言えない。
 ズキズキと痛むは、心と足の両方だった。