校庭の隅。人目のつかぬ茂みへ来ると、真那花は言った。

「見せて」
「え、なにを」
「右足」
「はあ?やだよっ」

 俺との距離を埋めた彼女は、ぎゅっと俺の胸元のジャージを(つま)んでもう1度「見せて」と言ってきた。キスでもできてしまいそうな近距離で見つめられて、固まっていく。

「もういい、自分で見るっ」

 膠着状態から早々と離脱した真那花はその場で膝を畳むと、俺のシューズの紐に手をかけた。

「ちょ、真那花っ」

 慌てて腰を下ろし止めようとすれば、シューズの上で重なる手。視線が絡み、再び俺は一時停止。

「修斗」

 そして真那花が俺の唇を奪った時、停止は解かれつく尻もち。ぺたんと後方へ倒れた俺を見て、彼女はくすりと笑っていた。放心のまま、露わになっていく右足。

「小指と薬指、真っ赤だよ……」

 明らかに異なる色をしたふたつの指。圧迫から解放された俺は、このまま裸足でいたいと思った。

「私も体操やってた時、こんな足になったことがある。プライベートで履いてた靴のせいだけどね。短い選手生命なんだからもっとちゃんとケアしろって、あの頃の自分に言ってやりたい」

 手首の怪我が原因で、真那花は結局体操をやめた。あれだけ大好きで得意でもあったものから離れるというのは、一体どれだけ辛いのだろうか。

「修斗にはこのバッシュ、小さいよ」

 そうバシッと核心を突かれた俺の顎が、勝手に引く。

「そ、そうかも」
「もうワンサイズ大きいのに変えなきゃだめだよ」

 俺は、家庭の話はなるべくならしたくない。家に金がないなんてこと、本当は世界の誰ひとりにだって知られたくない。けれど汗ばんだこんな足をガラス細工のように扱い、摩ってくれる彼女を前にすると、どうしてだか俺の全てを知って欲しくなってしまうんだ。
 ぽつりぽつりと、口から言葉が零れていく。

「親に買ってくれって、頼めない……バッシュって高いし、気ぃ遣う」

 真那花は切ない映画でも観るような目を、俺に向けていた。

「中学の時とかも頼みづらい時はあった。だけど今回はそれをはるかに上回るっていうか、まじで言えない。先祖代々続けてきた店を畳むか畳まないかの話が出てるくらいなんだから、相当やばいんだと思うよ、俺の家」

 少しの沈黙が流れ、真那花が言う。

「でもこのままじゃ、修斗の足が……」
「わかってる。試合にも影響出るだろうし、悩んでるところ」
「バッシュっていくらするの?」
「ピンキリだけど、1万前後かな」
「そうなんだ」
「でかいよな、1万って」

 金がないのに金がいる。金がなければ好きなこともできない人間の世界を激しく疎んだ。

「ごめん真那花、俺そろそろ行くわ」

 丸く収まりもしない不毛なやり取りを繰り広げていても、虚しさが生まれるだけ。だから俺は、赤みを帯びた足を狭いシューズへと戻して立ち上がった。伸びをしていると、背中にあたる優しい温もり。

「修斗、無理しないでね」

 今すぐ君を、抱きしめたくなった。