ダダダとひとりでボールを運ぶ俺を、兄は挑発する。

「慌てんなよ4番。ミスるぞー」

 ただでさえイライラしているのに、そういう態度をとらないで欲しい。

「ははっ、どうした?返事もできねえほど焦ってるってか?」

 喧嘩を売られている気分になった。だから買ってやった。

「マンツーだ兄貴こい!」

 残り15秒は、お前だけを見る。

 右にステップを切れば彼も右へ。見せかけのパス動作は鋭い眼光で見透かされて0.5秒を(どぶ)に捨てた。

「こら花奏、なにしてる!仲間を使え!」

 中川原の怒号は、ひとまず聞こえないふりでもしておこう。点さえ入れれば、彼もくどくどと文句は言ってこないだろう。
 キュッキュとフロアを掻き鳴らし、リングへ近付く俺と兄。タイムリミットはもうすぐだ。
 理性を欠いた俺は点を取り返してやると、その感情だけで走って飛んだ。猪のような突進は、オフェンスの俺がファウルを取られてもおかしくない状況だった。
 少し乱れたシュートフォーム。そんな中で目の前に出現した3枚の壁。
 峰山兄弟と相川が天へと伸ばした6本の腕が、一瞬にして全てのシュートコースを塞いだ。今すぐパスへ切り替えたところで、時間が時間なだけにそこでこの回は終了だ。
 このまま1点ビハインドで第3クオーターを終えるのかと、そう思った時だった。
 3人の左端。弟の脇から覗いた手の平。指先をくいくいと動かし要求されるはこのボール。なんと哲也は、3人が作った壁の後ろで俺と同じ高さまで飛んでいたのだ。

「シュート!」

 その「シュート」がシュートではなく俺の名前だって、哲也の発音だからわかる。
 スローに感じるモーメントの中、構えていたボールを下ろして哲也の手元へ。汗で濡れた中指同士が触れ合った。

「な!なんじゃそりゃ!」

 俺等の所作に、目をひん剥いたのは弟だった。哲也が決めたのはタップシュート。空中で受け取ったボールをそのままの身でリングへ収めた彼の靴底が再びコートへついたのは、その全てが終わった後だ。

 ビーと響き渡ったブザー音。崎蘭校のベンチの皆はスタンディングオーベーション。

「っしゃぁぁあぁぁぁ!」

 哲也と俺は抱き合った。火照った身体から飛び散る汗。暑苦しいと思うけれど、そのくらい興奮した得点だった。

 44対43。次に慌てるは十神校の番だ。