漂ってきたカレーの匂いに、俺は玄関までの10歩をダッシュした。

「ただいまー」
「あら修斗、おかえり。試合はどうだった?」
「勝ったよ」
「すごいじゃないっ。あと何回勝てば県で1位になれるの?」
「そんなのまだまだだよ。腹減ったあ」

 エプロン姿の母は鍋の中を突つくと「まだ人参が固いわ」と言っていた。
 テレビの前、新聞を捲る音に俺は反応した。

「父さんもう帰ってたんだ。早いね」

 父はソファーで、お新香をつまみに日本酒を(すす)っていた。

「ああ。客が全く来んからな。今日は早めに店を閉めたんだ」
「そうなんだ」
「やっぱ近くにあんな化け物みたいな大型施設ができちゃあ、敵わんよ」

 父は古くからある商店街の一画で、骨董屋を営んでいる。何十年も前の先代の頃は繁盛していたようだが、祖父が亡くなった時には何千万もの借金があったらしい。祖父の生命保険や家を売って返済を試みたそうだが、未だゼロにはなっていないと。これは、母から聞いた話だ。

「誰か買わねーかなあ。父さんの店の骨董品」

 父の隣に座りそう言うと、彼は新聞に目を落としたまま、はははと笑っていた。

「修斗が社会人になったら、お前が買ってくれてもいいんだぞ」

 俺はふっと口角を上げるだけに留まった。