「しゅ、修斗!哲也、学武!」

 汗だくの練習着から制服に着替え校門を出ると、新人戦で7番を背負う小俣真斗(おまたまさと)に呼び止められた。

「ん?」

 振り返るとそこには真斗だけではなく、8番の大林良輔(おおばやしりょうすけ)や9番の永井太一(ながいたいち)、10番の蔵前桂樹(くらまえけいじゅ)を含めた2年生全員が、神妙な面持ちで立っていた。

「な、なんだよ(こえ)えな」

 そう言って俺の後ろに隠れた学武には、意外と可愛いところあるじゃん、と思った。

「どうしたんだよ真斗。そんな顔して」

 真斗に近寄りそう聞くと、彼は重そうな口を(ひら)く。

「お、俺たちはさ、1年の時にユニフォームを貰ったことなんかないから、お前たちより断然試合経験が少ないんだっ」
「うん」
「だから明日、いきなり関東大会出たところと試合って聞いてすんげえ緊張してる。試合に出ることももちろんだけど、3人に迷惑かけるんじゃないかって。そっちの方がでかい」
「迷惑?なんの?」
「個人戦じゃないから、ミスをすればした分だけ、点数に響くっ」

 それがチーム競技というものだろうと俺の頭にはハテナが浮かんだが、両隣にいた哲也と学武はうんうんと頷いていた。

「わかる、わかるよその気持ち。俺も一緒だよ」

 そう言った哲也に続き、学武も「俺も」と相槌をうつ。全員の瞳が俺を見た。

「え、俺?みんなのミスを、俺が怒るってこと?中川原みたいに?」

 ぽかんとする俺の耳を、哲也は「ちげえよ」と引っ張った。

「修斗の腕前がすごすぎんのっ。それがプレッシャー生んじゃってんのよ」
「へ?」
「俺等も必死に頑張るけどさ、お前なら守れたディフェンスを抜かれたり、お前から見たら簡単なシュートを外したりするんだよ。それがただただ不安なの。こいつ使えねえなって思われんのも嫌だしさ」
「はあ?俺、そんなこと思わねぇけど」
「もちろん。中学からお前と一緒の俺は知ってるよ。でもバスケ部以外の修斗を知らない奴からしてみたら、お前なんてスーパーストイックアスリートでしかねえんだよ」
「なんだそれ」
「だから俺から言っとくわ」

 俺の肩を2度叩いた哲也は、えっへんと背を反らす。

「あのなみんな。修斗っていうのはバスケを死ぬほど愛している、ただのガキだから」

 どこか馬鹿にされたと思うけれど、とりあえずは見守ることにした。

「修斗のプレーはすんげえけど、あとは特になにも考えてないただのあほ少年。去年の期末だって俺よりはるかに低い点数で、まじ赤点ギリギリ」

 やっぱり馬鹿にされたと思うけれど、仕方なしに見守り続ける。

「修斗が自分の力だけでトップに行きたいなら、バスケなんて選ばないよ。きっとテニスやバドミントンを選ぶ。でもこいつはバスケを選んだんだ。仲間が上手かろうが下手だろうが、5人揃わないと試合もできないバスケを。それを小1からやってるっていうんだから、そもそもメンバーのスキルや力量なんて修斗は気にしていないんだって。抜かれたならカバーし合えばいい、点を取られたなら誰かが取り返せばいいって、修斗はそういう考え方の持ち主だよ。現に俺なんか中1の時からずっとこいつと一緒にやってるのに、ああして欲しいとかこうして欲しいとか、一切言われたことないぜ?こいつはどんどん己の能力を高めるだけ。だから真斗たちが思うような不安は全くもっていらねえよ」

 そこまで聞き終えて、俺は少し反省した。1年生の頃からベンチに入り、先輩たちの背中だけを見ていた自分は、1番大切な同い年の仲間との交流が浅かったと。もっと関わりを持っていれば、試合の前日にこんな不安を抱かせることはなかったんじゃないのかと。
 これは「一目置かれていた」とかではない。ボーダーラインが引かれてしまっていただけだ。自然に生まれたその線を取っ払わねば、このチームが良い方向へ向かうはずがない。

「俺、さ……」

 しんと静まり返った場。暗がりの中で、ひとりひとりと目を合わせた。

「俺、ずっとお前等と試合がしたかった」

 先輩の輪に入れてもらうのも嬉しいし楽しかった。けれど俺がいて1番心安らぐは、やはり同い年(タメ)といるその時間。

「俺等のこの学年最強だよ。哲也もいて学武もいて、真斗も大林も太一もいて……同級生だけでベンチ埋まるんだぜ?むしろひとりは毎回入れねえとかいう、ライバル心にも火ぃつけられてさ。超最強じゃん、モチベ上がりまくりじゃんっ」
「修斗……」

 真斗の顔が、ようやく綻んだ。俺もそれと同じ表情で捲し立てる。

「俺、ずっと俺等の代になるの待ち侘びてたから、まじで明日の試合すっげえ楽しみっ。絶対勝つよ、だって崎蘭最強の代だもん。コートの中にもベンチにも、そして1番試合がよく見渡せる、ギャラリーにだってその仲間がいるんだぜ!?なあ、勘助っ」

 皆の末端でさっきからコロコロと目を行き交わせていた勘助に親指を立てて見せると、彼は耳から耳まで歯を広げた。

「おう!中川原の見えていない部分は、俺がカバーしてやるんだっ」