「ちょっと走ってこようかな」

 前々から思ってはいたが、俺って走ることを気分転換に利用している。夕飯を食してすぐの行動に、母が戸惑う。

「えぇ!テスト勉強は!?」
「哲也んちでしたから大丈夫」
「寒いわよ、気をつけて」
「うん。なにか買ってくる?」
「じゃあ牛乳」
「いつも牛乳じゃん」
「背伸びたいとか言って、あんたが全部飲んじゃうんでしょっ」

 ははっと笑い、家を出る。今日はいつもよりもスピードを落として、何時間だって走っていたかった。

「あ。修斗」

 夜10時。牛乳を購入するため訪れたコンビニで、目に飛び込んできたお団子ヘア。

「真那花……お前なんでいつもここにいるんだよ」
「いつもじゃないよ。修斗こそまた走ってたの?」
「うん」
「好きだねー」

 真那花が抱えていたペットボトル。俺はそれを奪うと「送る」と言った。

 並んで歩く夜の街。普段よりも落ち着かないのは、哲也とあんな話をしてしまったから。

「明日でテストも終わりだね。修斗はまたバスケ漬けの日々?」
「おう。新人戦近いし」
「そっか。いつ?」
「1月9日から。勝てばとりあえず3日間連続」
「また応援行こっかなあっ」

 真那花の浮かれたその声に些か苛立ちを覚えたのは、哲也の悲しそうな顔が頭に過ぎったからだろうか。まだ真那花を好きな彼を身勝手な理由でフっておいて、よくも平気でそんなことを言えるものだと。
 信号機の手前で立ち止まった俺は言う。

「真那花は一体誰を見にくんの?」
「え?」
「今回はもう先輩いないんだよ。哲也も絶対試合に出んだよ。一体なにしにくんの?」
「なにって、崎蘭を応援しに……」
「だったら女子バスケでもいいじゃねえか、会場ちげえよ」

 がらりと変わった俺の態度に、真那花は困惑していた。

「て、哲ちゃんが気まずいってこと?だってもう、別れて7ヶ月も経ったよ?この前観に行った試合の後だって、来てくれてありがとうって言ってくれたし」

 フッた側の「もう」はフラれた側の「まだ」かもしれないと、少しでも考えて欲しいと思った。ふいに出た舌打ちが、ふたりをヒートアップさせてしまう。

「じゃあべつにいいよ。応援くれば?」
「はぁ?なにその言い方」
「俺に断る権限ないし」
「だからなにその言い方!来るなってこと!?」
「知らね」
「修斗は私に来て欲しくないの!?」
「はぁ?俺?」
「私の応援、迷惑なの!?」

 そんなわけねぇじゃん、と言いかけたけれど、それは飲み込んだ。もしそんなことを言ってしまえば、真那花への想いも口にしてしまいそうだから。
 無言になった俺の手からペットボトルを取ると、真那花は言った。

「もうひとりで帰る!じゃあね!」
「え、ちょっと待っ」
「じゃあね!」

 背を向けスタスタと足早に歩む真那花。俺はそんな彼女の後ろ姿を、暫く見つめていた。