✴︎✴︎✴︎

 もういいだろこんな話。つまんねえよ。

 哲也がそう言った瞬間、空気が淀んだ。こんな話をするんじゃなかったと後悔した俺は、逃げるようにしてその場を去った。

 家路で浮かぶ満月が、真那花の顔を映し出す。哲也が想いを寄せていて、俺も彼女のことが好きで。けれど彼女の気持ちはもう、他の誰かに向いている。

「ああ、さっみ……」

 頬を掠めた凍てつく風が、つららのように痛かった。


「おかえり修斗。夕ご飯、もうちょっと待っててね」

 家へ帰る頃、時計の針は夜7時。エプロン姿でキッチンを駆け回る母に、俺は聞いた。

「どっか行ってたの?ママ友会?」
「違うわよ。今日からお母さん働き出したの」
「え」
「不慣れで早速遅くなっちゃった」

 専業主婦ではない母を、俺は産まれて初めて見た。どうして働き出したのかと予想をすれば、ちりりと疼き出す鳩尾(みぞおち)付近。
 ソファーに目を移す。そこには日本酒片手に顔を赤らめる父の姿。

「母さん、父さんって何時から家にいるの?」

 母の耳元、ウィスパーボイスで質問すると、彼女も声のボリュームを落とす。

「わからない。私が仕事から帰ってきた時にはもうお酒飲んでたから、だいぶ早くにお店閉めたんじゃないかしら」

 借金の2文字が、心にどかんと居座った。