「今日うちへ来れるか?修斗に話したいことがある」

 そんな甲斐田先輩からのメールを受け取ったのは9月の土曜、練習終わり。タオルで顔を拭いながら読み進めれば、ゾクッと身体が毛羽立った。
 彼の家には1度だけ行ったことがある。その時は複数人で訪れたから緊張はしなかったけれど、この文面から察するに今日招かれているのは俺ひとり。ドキドキ加速していく鼓動をすぐそこに感じながら、俺は「今から行きます」と返信をした。


「お疲れ修斗。いきなりごめんな」

 玄関の扉が(ひら)かれると、そこにはボーダー姿の甲斐田先輩。

「今日の中川原も、たくさん怒鳴ってた?」

 ははっと爽やかに笑う彼は現役の時と変わらない。緊張がゆるりと(ほど)けていくさまがわかった。

 俺を部屋へと通した彼は、「茶でもいい?」と言って1度その場を後にした。その(かん)俺は、目に映る色々を眺めいる。
 有名バスケットプレーヤーのサイン入りポスターに、千葉県を拠点におくチームのユニフォーム。壁際にはボールがひとつ転がっていて、出窓に置かれているのはバスケ関連雑誌。
 俺の心が躍ったのは、甲斐田先輩が本気でバスケを愛していると感じたから。

「お待たせ」

 コップをふたつ携え戻ってきた彼は、そのひとつを俺に手渡すと目の前で胡座をかいた。くるっと指でまわす中の氷。カランと小さな音が鳴る。

「俺ね、修斗には感謝してんのよ」

 思いもよらぬその発言に「え」と上擦った声で聞き返せば、彼は自嘲(じちょう)気味に笑っていた。

「お前がいなかったら、もっと早くに引退してたと思う」
「そんなことっ」
「あるよ」

 氷に落とされていた視線が俺へと移って、真剣な眼差しに息を飲む。彼は続けた。

「修斗がうちのバスケ部に入ってきた時、ぶっちゃけ焦った……やべえ、俺よりうまいじゃんって。でもそれが着火剤になったつーか、奮い立たされたっつーか。修斗と出逢えたから、俺も必死になれた」

 それは俺の台詞だと思った。甲斐田先輩がいたから、闘魂に火がついた。

「中川原は実力順でユニフォーム渡す奴だから、油断してっとすぐ背番号変わるんだよ。俺も1回だけ桜井に4番捕られて、超悔しい思いした。番号なんてなんでもいいって思うけど、それでもやっぱ4がいいんだよな、俺。でもそれは、修斗も一緒なんじゃないかなって思った」

 片頬だけで微笑まれて、俺もビターな笑みを返す。

「俺、崎蘭の4番を背負えますかね……」

 そう聞けば、ピコンと額へ放たれるデコピン。

「お前しかいねえよ、背負えんの」
「まじっすか?」
「俺がコーチだったら、間違いなくお前に4を渡す」

 その言葉が心底嬉しくてはにかむと、彼は俺の頭をがしゃがしゃ撫でた。

「期待してるぞ、修斗。俺等が行けなかった全国へ行ってくれ」

 その後は日が暮れるまで延々と、バスケの話だけをした。