「ディフェンスオールコート!!」
「おう!!」

 甲斐田先輩の掛け声に、俺等も腹の底から声を出す。シュートはさせない、入れさせない。この30秒間を守り抜く。

 ドリブルをつくのは飯田。渡辺先輩のディフェンスを避けながら、半分のコートを上がってくる。そしてセンターラインを超えた瞬間、一気に変わったそのスピード。抜かれた渡辺先輩が大きく叫ぶ。

「カバー!」

 しかし叫び終わる頃にはもう、飯田の手元にボールはなかった。残り15秒。ダムダム聞こえるのは佐藤の足元。彼の前で、甲斐田先輩が腰を落とす。
 ふたりの位置は、斜めにリングが見えるスリーポイントライン付近。じりじりと間を詰める甲斐田先輩に、佐藤がコートの隅まで追い込まれていく。
 確実な点を欲している敵は、もっとリングへ近寄りたいだろう。自分でいくか、ゴール下へのパスを送るか。予測、予測、予測。彼の得意なシュートの角度はどこだろうか。それを教えてくれたのは、佐藤本人だった。

「甲斐田」

 佐藤は甲斐田先輩に話しかけた。無論、集中力維持のため甲斐田先輩は応えない。

「試合前の俺のアップ、ちゃんと見てた?」

 その言葉で、俺は思い出したことがある。佐藤が好きな角度は、佐藤が得意なのは──

「最後の最後で、俺をここに連れて来ちゃだめじゃん」

 今彼が立っているその位置からの、シュートだってこと。

 バックステップで甲斐田先輩から1歩離れた佐藤は、アーチを描いたシュートを放った。慌てて手を伸ばした甲斐田先輩の指先をゆうに越え、リング目掛けて飛んでいく。

「リバウンド!!」

 観客、ベンチ含め崎蘭校サイドの皆がそう叫んだのは信じたかったから。このシュートは外れると、勝つのは俺等だと。今日が崎蘭高校3年生の、引退の日なんかじゃないのだと。

 間淵を背中に抑えながら、やたらとスローに映るボールを目で追った。外せ外せ外せと、何度願ったかわからない。

 シュトンッ。

 ボールが触れた。ネットに触れた。輪っかを綺麗にすり抜けて、網がさらりと揺れてしまった。
 落ちて転がるボールが意志を持ったように場外へ出て行ったから、「試合終了」だと言われた気分になった。

「よっしゃああぁあ!」

 深間校のベンチが騒ぐ中、そのボールを拾った俺はコートへ戻す。

「か、甲斐田先輩!」

 けれどキャッチした甲斐田先輩は、それをまじまじ見つめるだけ。

「先輩、まだ──!」
 ビビーーー!!

 まだイケると言いたかったけれど、その言葉は試合終了ブザーが掻き消した。なんという酷い音なのだろう。優しさの欠片もない、最低な音。
 コートの中、立ち尽くすのは俺ひとり。抱きあい狂喜乱舞するのが深間校の連中で、崎蘭の皆は膝から崩れ落ちていた。

「お、終わり……?」

 にわかには信じ難くて、俺は自分へ問いかけた。

「まじで、終わりなの……?」

 瞳に映る光景は異様。何故なら俺等崎蘭校メンバーは1分前まで、ついさっきまでは勝つことしか考えていなかったのだから。