ハーフタイムを経て、気持ちばかりだが体力は回復。第3クオーターのフィールドに向かう。

「修斗ー!頑張って!」

 ふと聞こえてきたその声に応援席を見ると、そこには女友達ふたりを連れた真那花の姿。目が合った彼女が手なんか振ってくるものだから、俺も思わず返しそうになる。しかしその手は、親と哲也の(かも)し出した雰囲気で静止した。揶揄(やゆ)するような母の顔と、無の哲也。どちらも困ったものだ。

 ピピーと笛の音と共に、試合は再開。中川原の予想は外れ木本はベンチ。俺をマークするのは、5番の間淵(まぶち)という男に代わっていた。俺も彼をマークする。

「お前、今までどこに隠れてたんだよ。新人戦ではいなかったよな?」

 ディフェンスをする俺に、間淵は問う。

「ベンチに座ってましたよ。ちゃんと見て下さい」
「ふうん」

 深間校ボールから始まったこのクオーター。コートに投入されたボールは間淵が受け取る。すんなりと通してしまった自分に、俺は舌を打った。ドリブルをしながら手招くは間淵。

「ほらこいよ。相手してやるぜ?」

 嫌味たらしいその顔は、正真正銘敵そのもの。木本の方がまだ可愛げがあった。

「どうした?こねーのか?」

 挑発も一種の手。乗ったら乗ったで、あっかんべーをされ引き離されると知っているから、そう簡単に乗る者はいない。

「今行きまーす」

 だけど今日は乗ってみよう。乗った後に彼がどう動くか、それが頭へ浮かんだから。
 大股1歩を踏み出す素振りをすれば、途端に彼はダッシュを切った。イメージ通りの行動を愉快に思いながら、俺も次の作業へ移行する。
 大きく踏んだ1歩は、ただ反動を起こすためのステップだ。俺の上半身が後ろに傾いていたことに、彼は気付かなかったらしい。

「わ、くそっ」

 間淵の険しい顔を正面に、俺は彼の邪魔をする。前には真っ直ぐ進ませない。右も左も思うようには歩ませない。

「間淵!早く!」

 佐藤の声は焦っていた。おそらく24秒のカウントダウンを懸念して。
 どこの誰が決めたのか、バスケには24秒ルールというものが存在する。攻める際はこの秒数以内にシュートまで持っていかねばならない。昔は30秒だったようだか、これまた誰が決めたのか、6秒も減らされた。
 ゼロへと近付く数字に焦慮した間淵は、乱暴にボールを投げていた。リングどころかボードにもあたらなかったそれは、虚しくコートを出ていくだけ。その瞬間、切り替わる攻防。

「甲斐田!」

 すぐにボールをコートへ戻すは渡辺先輩。受け取った甲斐田先輩が、体育館の端にいる塚本先輩へと大きなアーチでパスを放る。しかし相手は深間校。見抜くのが上手い。

「うおりゃ!」

 バレー選手と見紛うほどの綺麗なアタック。塚本先輩にボールを渡さなかったのは市川だ。
 彼に(はた)かれ転がるボールを、必死に追うのは俺と間淵。もう、と俺が苛立ったのは、間淵の纏まらない茶髪が視界を遮ったから。まあ、これは走りに負けた言い訳でもあるが。

「こいってば、今度こそほら」

 入手したボールを見せつけて、彼はゆっくりドリブルをつく。

「ほら、こいって」

 簡単に取れそうなほどスローにつくけれど、掴みにかかれば速さは変わる。そうわかっていたのに。

「この……!」

 俺が手を伸ばしてしまったのは、足で負けた悔しさを晴らしたかったからなのか。

「へへっ。お先っ」

 罠だと知っていたのに、俺は抜かれた。俺の真横の風を切って、間淵は颯爽と駆けていく。

「花奏!逃すな!!」

 中川原がそう命じてくるが、追いつけるはずがない。振り向き全力で走るけれど、彼はもうレイアップシュートのかたち。甲斐田先輩と渡辺先輩がカバーに入る。だけどそれを、俺は止めたかった。

「先輩!戻って!」

 自身のマークを捨てた時1番怖いのは、自由になった敵が思うままに動くこと。フリーになった瞬間佐藤が小さく頷いたのは、間淵への合図だろう。

 スパッ。

 案の定、間淵からパスを貰った佐藤は軽々ゴール。これで俺等が1点ビハインド。立場は変わった。