今日の俺のマークは8番。高校でのバスケ人生で、嫌でも覚えてしまった彼の顔と名。敵だが歳上だから、スズケン先輩とでも呼んでおこう。スリーポイントシュートを無音でネットに沈めるスズケン先輩は、数々の試合で黄色い歓声をわかせてきた。

「ちっ」

 でも彼は思い描いた通りのプレーができないと、すぐに苛立つ癖がある。だから今、そんな彼の舌打ちが聞けたとは光栄だ。

「花奏!もっとプレッシャーかけろ!」

 コーチの中川原(なかがわら)が、コートへ唾を投げ込んでくる。

 キュッ。キュッキュッ。

 日頃鍛えた足を精一杯操り、俺はスズケン先輩の行き場を失くさせた。

「こっの……」

 すると彼は必ず飛ぶんだ。ゴール遠くからでも、正確なシュートを放てる自身の腕を信じているから。
 俺よりはるかに長い足、はるかに大きいシューズは胸付近までやって来た。そしてやたらスローに映る、ボールを放る分厚い手。だけど俺は見逃さなかった。彼の瞳が、ゴールなんて見ていなかったことを。
 スパンッと気持ちの良い音は、無人のものになったボールを俺が(はた)いた音。

「おお!」

 大きな喝采をくれたのはベンチの中川原。

「行け花奏!まだ間に合う!」

 コートにいる敵全員が、仲間の誰かがネットへボールを(くぐ)らせることだけを想定していたと思う。残り時間が僅かな中、オフェンスしか構想していなかった敵の守りは隙だらけ。

「4!3!2………!」

 中川原のカウントと共に、ゴールは近付く。

「1……!」

 リングへ置くように。勝ちが決まる大事なシュートだから、外さぬように。
 疾風(はやて)の如く走らせた足とは真逆に、手はそよ風に揺られる花の如し。

 スパッ。

 俺のレイアップシュートは、華麗に決まった。そこで鳴る、試合終了のブザー。

「70対72!崎蘭(さきらん)高校の勝ち!」

 その音と共に、俺等のベンチは歓喜にわく。

「はあっ、はあっ」

 今にも飛び出しそうな心臓が、肺をも揺らす。次々滴る汗をリストバンドで拭いながらメンバーを見やると、先輩たちはラストゴールを決めた俺に駆け寄った。

「修斗ナイス!まだお前と一緒にプレイできるな!」

 疲弊の中、必死に上げた口角はその瞬間、意識せずとも更に上へ。

「はい!」

 膝から崩れ落ち無念がる相手とは正反対に、俺等崎蘭高校の応援席は、初孫誕生のような祝いムードで包まれた。