俺が身支度をしている間、哲也は俺の部屋で、ひたすらバスケ関連の動画を流していた。時折「なるほどな」とか「かっけえ」とか呟きながら。


 今日も駅までの道で聞こえるは、雀の鳴き声。

「ふわあ、ねみぃー……」

 怠そうに歩く俺と、背筋の伸びた哲也の影が並ぶ。

「俺は眠さ通り越して、覚醒中だな」
「哲也、何時に起きたの?」
「5時半」
「馬鹿じゃねえの」
「腹減った」

 脳が歩けと勝手に指令を出してくるから足が動くだけで、何の指令も送られていない瞼はすぐに下がる。慣れ親しんだ地元の道は、目を瞑っても歩行可能。けれどそんなことをしている人間は見たことがないから、一応開けておく。

「かっゆ」

 そんな重度の睡魔を葬ったのは、くるぶしに感じた強烈な痒みだった。立ち止まりそこを掻く俺に、哲也が聞く。

「蚊ぁ刺されたん?」
「おお。昨日の夜走ってたら、いつの間にか」
「次の日早いのに夜走ってんじゃねえよ。修斗のその夜型が、朝を辛くさせてるんだって」

 昨晩を思い出せば、真那花の言葉も蘇る。

「哲也って、さあ……」

 真那花と別れたの?

「なに」
「あのさぁー……」
「なんだよ」

 真那花の「ま」の字が喉につっかえ出てこない。これは中学の時から変わらない。だから諦めた。

「……なんでもねえ」
「はぁ!?なにそれ気になる!」

 しかもこの質問は、大事な試合の前にすることではない気もした。聞き出そうと懸命な哲也には悪いが、俺にはもう言う気がない。
 
「なんだよ言えよ修斗っ」
「えっと、ピーマンとナスどっちが嫌い?」
「ぜってーその話じゃねぇじゃん!」
「俺はナス」
「興味ねえよ!」

 真那花と別れた哲也は、今日もいつもと変わらぬ態度。