次の日の放課後、俺は体育館へ行かなかった。

「あれ、修斗じゃん」

 校庭の朝礼台に寝そべって、野球部が奏でるバットの音を耳に眠り入ろうとしていると、真那花の声が聞こえてきた。薄目を開ければ青い空。それを背景に、お団子ヘアの彼女が映る。

「……真那花、お前野球部だったんだ」
「んなわけないじゃん。私が体操部だって知ってるでしょ」
「じゃあさっさと部活行けよ。今日確か、バスケ部とコートハーフずつだろ」
「あ、(てっ)ちゃんから聞いてないんだ」
「哲ちゃん……」

 中学1年生の終わりから哲也と付き合い出した真那花は、いつの間にやら哲也のことを哲ちゃんと呼ぶようになっていた。哲也の告白が上手く行った時の俺は、人間味のない「おめでとう」を彼に伝えた気がする。

「なにも聞いてねえよ」

 俺が上半身を起こすと、真那花は隣に腰を下ろした。

「修斗もう少しそっち行ってっ。狭いっ」

 肩が触れるか触れないか、そんな距離。真那花がいる左半身から、俺は熱を帯びていく。
 そんな俺には気付かずに、彼女は手首を見せてきた。

「ここ怪我したの。手関節捻挫(しゅかんせつねんざ)って言うんだって。夏休み前に思いっきり捻っちゃってさ」
「え……」
「もう、最悪だよ」

 そういえば、真那花の夏の大会どうだったの?
 たったのこれが、俺は哲也へ聞けずにいた。彼の前で真那花の「ま」の字も出せない自分に戸惑うけれど、その感情とは向き合いたくない。だから、スルーを決めている。
 ぶうと膨れる真那花に聞く。

「じゃ、じゃあ大会出られなかったの?」

 彼女は小さく頷いた。

「あーあ。超悔しい……」
「いつ治るの?」
「わかんない。けっこうひどくてまだ痛むし、当分は無理だと思う」

 1年生の春、真那花が体操部に入部した際、体育館の半面がやたらと騒いでいたのを覚えている。小学生全国大会で実績のある彼女の華麗な舞いに見惚れ、俺は簡単なシュートを外した。

「そうなんだ……」

 明らかに表情を曇らせてしまったのか、真那花がそんな俺の頬をつねった。

「やだ、そんなにしんみりしないでよっ。不治の病じゃあるまいし」

 イテテと間抜けな声を出せば、彼女は大袈裟に笑っていた。

「それより修斗、なんで部活行かないの?哲ちゃんはもう体育館行ったよ?」

 哲也が知らない俺の万引き。だから彼の恋人である真那花にも、詳しく言う必要はない。俺は空へと視線を移す。

「行かないんじゃなくて、行けないの」