「なにしてるんすか?ここで」

 扉を開けたのは、ジャージの袖がまだ長い1年生だった。哲也は頭を摩り無言。相当派手に打ち付けたらしい。俺が答える。

「悪い悪い。俺等ここのバスケ部だったんだよ。ちょっと早起きがてら散歩しに来ただけ」
「その制服って、もしかして崎蘭高校のっすか?」
「うん。そうだけど」
「ま、まじで!?」

 敬語を忘れた彼は、館内の皆に声をかけていた。

「おい!花奏先輩たちだぞ!!」

 なんで俺の名前知ってんの?と聞く暇もなく、バタバタ地面が揺れ始める。その震度で哲也は飛び起きた。

(こえ)ぇよ、なんだよっ」

 瞬く間に集まった後輩たちの人数は、咄嗟には数えきれぬ。先ほどのひとりが言う。

「花奏先輩と、斉藤先輩っすよね!?この前の新人戦観ました!決勝トーナメントまで行った崎蘭校のメンバーに南山中の先輩がいるって聞いて、みんなで観ました!千葉のローカル番組で生中継されてたんですよあの試合!」

 決勝トーナメントはボロ負けだったから、決して胸は張れないけれど。

「ど、どうも」
「ありがとう」

 目を輝かせた後輩たちには、お礼を言っておこう。

「俺、絶対崎蘭に行きます!」

 その発言を皮切りに、数人が「俺も!」と言っていた。そこに待ったを入れるのは哲也。

「え、なんでわざわざ崎蘭に?他にもいっぱい強い高校あるじゃんか。しかもお前等が来る頃にはもう、俺も修斗も卒業してるぜ?」
「先輩たちが作ってくれた崎蘭バスケ部の歴史を守りたいって思ったから!」
「へ?」

 顔を見合わせた哲也と俺に、彼等は捲し立ててくる。

「バスケで有名なところって言ったらもちろん崎蘭ではないです、他校を目指すメンバーもいますっ。でもここにいる何人かは、花奏先輩と斉藤先輩の背中を追いたいって思ったんです!聞いたこともなかった高校をここまで応援して、熱狂したのなんか初めてです!そして崎蘭の名は着実に知れ渡ってきています!だから俺たちはその名を──!」

 そこまで言って、彼は俺等の背後に視線を移した。それを辿っていくと、そこには着替えを済ませた2年生らしき集団。手前にいる男はお辞儀をした。

「俺、今南山中バスケ部のキャプテンしてます貝沼(かいぬま)って言います」
「は、はぁどうも」
「俺も、絶対崎蘭高校行きます。まじ憧れっすふたりとも」

 同性でも恋してしまうほど爽やかなイケメンくん。そんな彼に憧れているだなんて言われてしまえば、全身くすぐったくなる。

「ジャアマタ練習見二来ルカラ。ガンバリタマエ」

 それはきっと哲也も然り。照れを繕うキメ言葉がカタコトだった。

 はじめまして、愛してる。

 他人へ抱くこの感情を、同じ場所で同じスポーツをした人間ならばわかるだろう。