バッシュのこと気付いてたよな。
 そう思ってしまえば、両親とどう接しようかと考えてしまう。
 試合中、俺の足元を指さしていた彼等はどう思ったのだろうか。なんで自分のものを履かないのかと、疑問を抱いたのではないか。

「おかえり修斗。なにか言いたいことあるんじゃないの?」

 リビングへ入りすぐされた質問に、腰が抜けそうになる。

「え、えぇ?」
「言いたいこと、あるでしょ?」

 優しいとも冷たいともとれる母の言い方。これはバッシュのことを言っているのだろうか、それとも他に何か、俺がやらかしたのか。あれやこれやと回想が始まるが、俺が「言いたいこと」。それはひとつしかなかった。

「バ、バッシュが小さくなったから、新しいの買って欲しいんだけど」
「うん、わかった」
「え、わか……?」
「もう買った」
「え!」

 あっさりとそう言われ棒立ちしていると、姿の見えなかった父が、寝室から紙袋を提げてやってきた。

「なんだよ母さん、サプライズするんじゃなかったのか?」
「ごめんなさいあなた。なんかつい」

 ぺろりと舌を出す母に、父は呆れて笑っていた。紙袋から取り出す、赤い箱。

「ほら修斗。お前がいつも使っているやつのワンサイズ大きいのだ」

 そう言って渡された箱には、見慣れたロゴが描かれていた。半信半疑ながらゆっくり開けると。

「うそ……」

 艶やかな、バスケットシューズが入っていた。
 丸くなった瞳のままに彼等を見ると、どちらも優しく微笑んでいた。

「な、なんで、なんでわかったの!?」

 キャンキャンと子犬が喜ぶような声を上げれば、母が言う。

「今日の試合中ね、修斗のバッシュをお父さんと首傾げて見ていたら、今朝来たお団子頭の子に言われたのよ。『修斗くんのお母さんが青春を続けるには、新しいバッシュが必要かもしれませんね』って」
「え、真那花に?」
「真那花ちゃんっていうのね、あの子。そう。だからお母さん聞いたのよ。『修斗の足、大きくなったのかしら』って。そしたら真那花ちゃんこう言ったの。『足だけじゃなくて、最近背もグンと伸びましたよ』って。親よりも真那花ちゃんの方が、よっぽど修斗のこと見てるのね」

 真那花といれば、見える希望。俺のバスケ人生の(かたわら)にはいつも、彼女の姿。

「あんたこれ、勝手に見たでしょ」

 そう言って、ピラッと面前で広げられた明細書。

「引き出しの中ぐちゃぐちゃになってた。黙って見るならもう少し上手に見なさい」
「ご、ごめんっ」
「これが心配でシューズのことを言い出せなかったなら、謝るわ。だから今説明しておく」

 食卓にそれを置いた母は、指で数字をなぞっていった。

「ここに書いてあるのは確かに借金。お爺ちゃんが残しちゃったやつもあれば、新しく借りたのも少しだけある。それでもって、家のローンはあと1500万円もありまーすっ」

 やたらと明るく話す母の側、父が椅子に腰掛ける。母もそれを見て座った。

「お父さんの収入が減ったのも事実だし、私のパートのお給料だけじゃその分を埋められていないのも真実。家計は火の車ですっ。えっへんっ」

 気でも狂ったのかと思うほど、話している内容とテンションが合っていない。

「ちょ、母さんっ」
「だからね、修斗」

 口を挟もうとした俺を、彼女は止めた。

「だからこそ、修斗にはバスケを頑張って欲しいのよ」

 丸の次は点になる俺の瞳。借金とバスケが何故イコールで結ばれるのか理解できず、思わず聞き返す。

「え、どういう意味?」

 それに答えたのは父だった。

「親の力の(みなもと)は、子供の笑顔だ」
「え……」
「修斗が好きなことをやって楽しんで、幸せそうにしていることが、父さんと母さんのパワーになる。だからお前は家のことなんか気にしなくていい、それは大人の仕事だ」

 顔の前で手を組んだ父は、俺を真っ直ぐ見つめて言った。

「修斗。お前が思っているよりもずっと、子供でいられる時間は短い。大人になったら自分で解決しなければならないことは増えていく。だから子供でいるうちは親に甘えろ、遠慮なんてするな。無駄な心配をかけて悪かった。父さんもっと頑張るから、お前はお前の人生を目一杯楽しめ」

 父の決意が見えた気がした。そこにはもう、酔っ払い不満を垂れる彼はいなかった。

「っ……!」

 真っ赤な箱をぎゅっと抱きしめ、俺はその場にしゃがみ込んだ。整えられたその四角が胸の中で歪み、かたちを変えて行く。

「修斗っ」

 ガタンと立ち上がった母は俺と一緒の高さで、温もりをくれた。

「ありが、ありがとっ……」

 ぽろぽろと落ちていくもの。それは感謝の涙。

 父さんと母さんの子供で良かった。父さんと母さんに出逢えて良かった。俺はこのふたりが大好きだ。