攻めはまだ、崎蘭校の番のまま。
 ラインの外で、哲也は味方へ放るコースを探る。
 ゴールは近い。たったの1度でも崎蘭校にチャンスを与えれば、同点で終わるかもしれないこの時刻。慶明校のディフェンスはえげつない。
 ゴール下を行き来する俺は、横井と5番遠藤のダブルマークに苦しむ。遠藤が俺にぴったりとついているのだから哲也のパーソナルスペースは広いのに、彼は未だにボールを持ってそわそわしている。このまま5秒が経ってしまえば笛が吹かれ、慶明校のボールとなる。

 キュッキュッキュッ。キュキュイ。

 仲間の足がどれだけ動いても、敵の身体が邪魔をする。12秒で静止したままのタイマーでは、あと何秒こうしていいのかがわからない。ならばもう、やけくそだ。

「あーあ!もうだめだぁ!」

 哲也に背を向けて、そう嘆きながらその背を反らす。白旗を掲げたようにしか見えぬ俺の振る舞いに、横井と遠藤も腰の位置を上げていた。

「ははっ。諦めんのかよ花奏」

 天井で煌々と輝くライトに溜め息を吹きかければ、もう万事休すお手上げ降参してる人。勝利を確信した彼等は愉快げだった。

 ポコンッ。コロコロコロ………

 だけど哲也は理解した。

「よっしゃあ!」

 俺の尻なんかにどうしてボールがあてられたかと言うと、それはサインを送ったから。諦める素振りを見せた上半身とは裏腹に、小さく作った右手のピースはぺんぺこと尻を叩いていた。だから哲也はそこへそっと投げたんだ。

「なんだよこのスローイン!」

 状況を把握し叫ぶは横井。
 尻で跳ね返り転がったボールを掴んだ俺は、コートの中へと戻ってきた哲也へ即座に送る。しかし脱帽するのは横井の神速(しんそく)ほどの俊敏さ。シュートに差し掛かった哲也の前、彼よりも高く飛んでいるのだから。

「ぅわっ………」

 ()せぬ展開に、哲也はたまげていた。残りの秒数は1桁だ。さて、予測しよう。

 仲間皆の行動まで読む時間はないから、とりあえずは俺のことだけ。(えんどう)よりゴール手前のポジションを陣取ることに成功したが、悲しいことに俺は彼よりも背が低い。果たしてリバウンドで勝つことができるだろうか。リバウンドを万が一取れたとしても、計算高い横井は2度目のジャンプで襲ってくるかもしれない。そうすればシュートの成功率は下がる。
 だとしたら、それならば。天気予報士でも行き先が読めない、雲になればいい。

「哲也シュート!!」

 ゴールから、全速力で俺は離れた。「はあ?」とその時聞こえたのは遠藤の声。
 なんで俺の前に入れたのに自ら抜けるの?
 そんな心情が込められた声だった。

 3歩、4歩、5歩6歩。そして7歩目で、それは響く。
 ダァアアン!!と大きくフロアが揺れたのは、無理矢理放った哲也のシュートが外れたからじゃない。スリーポイントラインまで後退した俺のすぐそこの地に、哲也がボールを叩きつけたから。
 キュッとブレーキを踏み、振り返る。大きくバウンドしたボールは、木から落下した林檎(りんご)のように手元へ降りてきた。
 俺が叫んだ「シュート」が「修斗」だと、俺の発音だからわかるんだよな、哲也。

 残り2秒。飛んだ俺が投げるは逆転可能な3得点。入れば勝ち、外せば負け。今日1番の丁寧なシュートだった。