「なあ花奏」

 誰へパスをするでもなく数秒が過ぎた頃、横井が言った。

「今お前、俺がマンツーするって信じきってるだろ」

 見透かすような視線は俺の斜め後方、慶明校の誰かに向けられた。

「じゃあパスすんの?」

 そう聞くと、彼は微笑みドリブルをやめた。試合中にも関わらず、人差し指の先でボールを回転。

「どうしよっかな」

 へい!と後ろでは、ボールを要求する他者の声。しかし彼は無反応。くるくるまわり続けるものと俺だけを見続ける。横井の異常とも言えるその行動に歓声はやんだ。

「パスしてもいいんだけど、さ」
「けど?」
「花奏が今こんな俺に飛びかかってこない時点で、それは難しそうだからやめておくよ」

 シュートには遠すぎる。だからこれはホラで、やはりパス。いや、けれど全国レベル横井ならば、ここからのシュートを決める腕があるのかもしれない。
 色々を考えている()にボールが三度(みたび)消えたのは、彼が俺の頭上へとそれを放ったから。これがシュートではないことは一目瞭然。全く描いていないに等しいこのカーブでは、リングになど届かない。
 不可解なボールの行方だったが、俺は本能的にフロアを蹴り上げた。無論、頭上を過ぎ去る前に、そのボールをゲットしたかったから。

「ぅ、くそっ!」

 目一杯飛び最大限伸ばした手。けれど「お前のジャンプ力など承知済み」だと言わんばかりに、ボールは俺の爪先ギリギリを通過していく。そして感じた、背面の違和感。

「よ、横井!」

 仰天したのは、俺と背合わせでジャンプした横井がそのボールをキャッチしたから。俺の頭上が最高到達点で、それを数ミリでも過ぎれば下降していく。そんな計算し尽くされたそれを、横井は自身だけの空で取ったのだ。
 そのまま地に足をつけずに放ったシュートはパスゥン!と(うらら)かに決まっていた。

 30対45。彼の桁違いなプレーにゾクゾクは止まらない。