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「父さん、母さん、なにしてるの?喧嘩?」

 中学2年生の時。やたらとうなされる夢から目を覚ますと、おそらくその原因であろう声が真夜中の廊下に響き渡っていた。

「借金なんて聞いてないわよ!あなたのお父さん、頭おかしいんじゃないの!?こんな大金、誰が返していくのよ!」

 母が父に食ってかかるのは、初めて見た。父も負けじと声を張る。

「生命保険もあるし、いちいち騒ぐな!実家も売るから!」
「それでも全然足りないじゃない!これからあなただけの稼ぎでどうやってやって食べていくのよ!家のローンも残っているっていうのに!」
「それならお前もパートに出ればいいだろう!贅沢言うな!」

 震える右手で、俺は恐る恐るリビングの扉を開けた。

「父さん、母さん、なにしてるの?喧嘩?」

 俺の存在に気が付いたふたりは、鬼の形相のまま、口元だけで笑う。

「しゅ、修斗どうしたの?眠れないの?」
「いや、寝てたんだけど……」

 食卓には、散らかった書類が幾つか見えた。

「母さん、なにかあったの?」

 国語が苦手な俺でもわかる、借金の意味くらい。
 不安げな俺を宥めるように、母の声はワンオクターブ上がった。

「なにもないわよ。ほら、修斗は明日も学校なんだから寝なさい」
「母さんたちも寝る?」
「うん。もうすぐ寝るわ」
「そっか。わかった」

 一刻も早く俺にこの場から立ち去って欲しいのだと、母の態度から感じて取れた。肩に置かれた手で半ば強引に反転させられ、背中を押されたから。
 首だけで振り向き、テレビの前で仁王立つ父に目を向けた。彼が昔から好かないバラエティー番組のチャンネルを変えないのは、彼の心が他にある証拠だ。

「父さん、おやすみ」
「ああ」

 その時の父は、俺を見なかった。