「まだいるんじゃないのか」

「そんなことを言われたって、俺は校内選抜用の写真を選ばないと……」

 座ろうとしたその足が、椅子に当たってゴトリと音を立てた。

いや、やっぱ違うだろ、俺!

「あ、用事思い出した。ちょっと行ってくる。え、えっと、すぐ帰ってくるから。職員室に、ノート取りに行かないといけないんだった……。痛っ」

 また机に足をぶつけた。

絶対あざになっているやつだ。最悪だ。

「そうだ。数学のノート、忘れてた」

「いってら」

 廊下へ今すぐにでも飛び出したいけど、ゆっくりとそれを開ける。

慎重に扉を閉め、しっかりと隙間なく閉じられているのかを目視した。

よし。行こう。

 走りたいけど走らない。

走って行ったりなんかしたら、絶対引かれるし怪しまれる。

「あんた何しに来た?」って言われる。

だから走ってなんかいかないし、普段通り、何となく偶然通りかかったみたいな感じで、さりげなく……。

 右足が動き、左足が動く。

その交互に入れ替わる動きが、次第に加速している。

どうやって彼女に話しかけよう。

怪しまれない方法って、なにがある? 

普通に「おー」とか、手を振るくらい? 

そっからさりげなく近づいて、なにげない雰囲気で……。

階段を飛び降り廊下を駆け抜け、校舎を飛び出すと芝生を走った。

「こんにちは!」

 水たまりみたいな池の横に、彼女と荒木さんは立っていた。

「お……、お久しぶりですね! ……。げ、元気でした……か」

「……。どうした。ずいぶん息が切れてるぞ。走って来たのか」

「やだなぁ! ははは……。遠くで、ちょっと見かけたも……ので……」

「その割りには一直線だったぞ」

 両膝に手をつき、息を整える。

「舞香は?」

「何の用だ」

 ハクの手が、荒木さんの腕に触れた。

「お前が来るな」

「来ちゃ悪いのか」

 そう言われるってことは、こっちだって予想済みだ。

「お前が探してるのは、宝玉じゃない。お兄さんなんだろ?」

 彼女の意識が、ようやく俺に向いた。

「確かに会ったよ、あの教室で。だけどそれは、荒木さんじゃない」

 舞香の体が、その荒木さんから離れた。

「どういうことだ。もっと詳しく話せ」

「やだね。約束したんだ。絶対に他の人には話さないって」

「無駄だな。私がお前の中に入れば、それで済む話しだ。抵抗はできない」

 ハクが一歩ずつ俺に近寄る。

動きたいのに、金縛りにあったように体が動かせない。

彼女の両腕が伸び、頬を押さえた。

彼女の肩までの髪が揺れ、ゆっくりと額を合わせる。

「痛っ!」

 パッと雷光が走った。

チカリと眩しい光りに、思わず目を閉じる。

俺たちは互いにはね飛ばされ、尻もちをついた。

ハクの触れた額が痛い。