「圭吾はこの池が好きか?」

 グッと近寄るその顔が近すぎる。

一歩ずつ寄ってくる足取りに合わせて、俺も一歩ずつ後ろに下がった。

俺は彼女が何者かに取り憑かれていることを知っている。

その取り憑いているバケモノも、俺が知っているということを知っている。

だけど舞香だけは、そのことを知らない。

彼女は彼女の秘密を、俺が知っているということを知らない。

 彼女がくるりと背を向けた勢いで、肩までの髪はサラリと広がった。

その光景を見るだけで、くらくらして目が回りそうになる。

自分の顔が、真っ赤になっているのが分かる。

その不自然さはもちろん自覚しているけれど、自然現象なんだから仕方がない。

こんなことで彼女がヘンな誤解でもしないかと、そっちの方が心配だ。

「好き……でもないけど、嫌いでもないし……」

「ここが出来る時に、変えられてしまったのか」

「学校ホームページにも、そう書いてあったよね」

 スマホの画面をもう一度開く。

いや、フツーこういう話題で盛り上がったりなんか、しないよ? 

こんなつまんない話しになんて、乗っかってくれる奴いないよ? 

それは彼女だからではなく、彼女に取り憑いたバケモノに、俺が頼まれているからだ。

小さな画面に彼女の顔が近づく。

「そうだな。しかしこれは、学校建設以降のことしか記録がない。それ以前は、どうしたらよいのだろうか」

「……。どうしたらいいんだろうね」

 知るかよ、そんなこと。

棒読み風な彼女のセリフにも、若干焦りを感じ始めている。

検索画面に戻った。

池、歴史……で、検索してみるか。

「……。その小さな機械はなぜ……あ……。いや、だ……待てっ!」

 突然、舞香は一人でオロオロとし始めた。

パタパタと両手を忙しく振っていたかと思えば、腰に手を当てふんぞり返る。

「だから……、ねぇ! って、ちょ、ま……」

 今度は、水中をかき分けるような仕草をした。

じっとそれを見ている俺に気づいた彼女は、ピタリと動きを止める。

真っ赤に照れた彼女が、俺のスマホをのぞき込んだ。

「ははは。へー。池って、人工的に作られていることの方が多いの
か……」

「自然にあるものじゃなくって?」

「も、もちろん、そういうのもあるみたいだけど……」

 突然雰囲気の変わった彼女に、俺は違和感しかない。

彼女自身も、自分のとってみた行動に限界を感じているようだ。

「だとしたら、この池も人工的な池?」

「だけど、ここは元々あった池を埋め立てた残りなんだよね」

「じゃあその前は、この山奥に人工的な池があったってこと?」

 互いに見つめ合う。

「あはは……」

「ははは……」

「はぁ~……」

 同時にため息をついた。

いや、俺にはこれ以上、一緒にいるのは無理だ。

色々と。