龍神さまのいるところ

 そんなことのあった次の日の放課後、無関係を決め込んだ俺は、写真部の腕章をつけて校内を回っている。

足元に小さな花が咲いているのを見つけて、地面にしゃがみ込んだ。

「圭吾は、本当にそんなのばっかりだね。自然写真家なの?」

 聞こえた声に、ドキリとする。

希先輩だ。

その勢いでシャッターまで切ってしまった。

その音が二重に重なって聞こえてくる。

「ふふ。私も圭吾の写真撮ってる写真、撮っちゃった」

「……。まぁ、別にいいですけどね。写真部同士だし」

「いいの撮れてる?」

「まぁ、多少は……」

 並んでその場に腰を下ろす。

カメラの保存データを開いて、ここ数日の成果を互いに見せ合った。

希先輩の被写体となる対象は、圧倒的に人物が多い。

全く知らない人を撮るにはクレームも多いから、結局写真部同士か友達、先生とかに限定されてしまうのが、難しいところだ。

だから俺は、人を撮るのはあんまり好きじゃない。

撮らせてくれませんかってお願いして、断られることを考えれば、そんな無駄な時間と労力なんてかけられない。

「本当にさ、演劇部の申し出ってありがたくって」

 結局希先輩は、演劇部員個人にモデルを指定して頼むわけではなく、その活動中の風景をあちこちでウロチョロしながら撮影していた。

「やっぱり、部長の荒木さんは画になりますか?」

「まぁね、彼は目立つからね。背も高いしね」

 以前から気にはなっていた。

いつも先輩の写真に残っている人。

撮影する回数の多さとかじゃなくって、見上げる視点とか遠くから隙間を縫って撮影される、その撮り方の上手さ……。

「前からよく、撮ってましたよね」

「え? そうかな。あんまり自覚なかったけど……」

 そう言ってわずかにうつむいた、先輩の横顔にレンズを向けた。

パシャリというシャッター音が校庭に響く。

「そういう圭吾は、結構私撮るよね」

「まぁ部長だし。撮っても文句言われないし」

 そんなこと、気づかれてるだなんて思わなかった。

「さっき先輩だって、俺のこと撮ってたじゃないですか」

「あはは、本当だね。じゃ、また撮っちゃお」

 向けられるレンズの視線に、なぜかムッとする。

だけど、今だけは、きっと彼女と目が合っているんだ。

俺からはそれが、分からないけれど……。

この瞬間を、どんな顔をしていればいいのだろう。

それが俺には分からないから、撮られるのは好きじゃない。

カメラが完全に下ろされる前に、横を向いた。
 体育館のステージを練習場としている演劇部が、そこからはみ出して外に出てきていた。

黒髪の、誰よりも一段と背の高いあの人は、すぐに分かる。

「荒木さん、いますよ」

「え? あ、本当だ」

 さっきまでこっちを向いていた希先輩のレンズは、もうその人に向けられた。

「いい写真、撮れました?」

 先輩は、ショートボブの短い髪を耳にかけ直す。

「今ね、同じクラスなんだ。1年の時に一緒だったの。2年は違ったんだけど。今はまた同じクラスなの」

「そうだったんですね……」

 その横顔が静かに微笑んだ。

「実は私、一度あの人にモデルを頼んで、断られたことがあるんだ」

「そうなんですか」

 なんだかそれは、知っていたような気がする。

校庭の隅で泣いている先輩を、一度だけ見かけたことがある。

「だから、今回うちに頼みに来たのかなって。私にモデルするからって言えば、演劇部に協力してくれるかなって、思って来たのかなって……」

 その荒木さんは、ここからは遠い体育館外のエリアで、演技指導をしている。

じゃあ、断ればよかったじゃないか。

「じゃあ、モデル頼まないと損じゃないですか」

「はは。それはなんか、私のプライドが許さないからダメ」

 彼女はニッと微笑んで、俺を見上げた。

「で、舞香ちゃんとは?」

「は? 何言ってるんですか……」

「聞いたよー。昼休み、二人でずっとしゃべってたって」

「……。は? そ、それは!」

「なになに? 照れてんの? かわいー。なんだかんだで、ちゃんと頑張ってるんだ」

 きっとその誤解は簡単に解けないだろうし、俺の気持ちも永遠に伝わることはない。

「ねぇ、一緒に行こうよ」

 先輩の手が、俺の制服の袖を引いた。

「いいですけど、俺は写真撮りに行くだけですからね!」

「はいはい」

 うれしそうに駆け出す先輩は、本当は自分がそうしたいだけなんだって、知ってる。

だけどそんな顔でそんなことを言われたら、もう立ち上がるしかないじゃないか。

遠くに見えていた、体育館横へ向かう。

コンクリートで固めた地面に、使われていない机と椅子をいくつか並べていた。

これを大道具の代わりに見立てて、練習しているらしい。

「こんにちはー。ちょっとお邪魔しますね」

 そう言った先輩の後ろで、俺はペコリと頭を下げる。

すぐに快い返事が返ってくるのは、協力関係が成立しているから。

他の運動部とかだと嫌がられることも多いのに、これは写真部にとって、本当にありがたい話しなんだ。
 さっそく撮影を始めた先輩のカメラ位置は低くて、机を並べたりしてる演劇部員の腰辺りを狙っている。

背景はこの緑と青空かな。

人物があまり得意でない俺は、どうしようかと辺りを見回す。

「うわっ……」

 最悪だ。

うっかり荒木さんと目が合ってしまった。その顔がニンマリといたずらに笑う。

「なんだ。キミも写真撮りに来てくれたのか。喜んでモデルするよ」

 そんなことを言いながら、あからさまに時代遅れなセクシーポーズをとられても、誰がシャッターなんか切るかっつーの。

「いえ、結構です」

「聞いたぞ」

 そのうっとうしい腕が首に回った。

「なんだよ、案外ちゃんとしっかりしてんじゃん?」

「何がですか」

「え? アレ」

 親指でクイと差した方向には、ちゃんとしっかり舞香がいる。

「あぁ、彼女にはスマホでの動画編集方法を教えていただけですから。部長なのに報告受けてないんですか? 参考までに俺のと同じ編集アプリを入れてもらいましたけど、別にそれじゃなくたっていいし、使っていくなかでもっといいものがあればそちらの方で好きに変更してもらっても……」

「うふふ」

 荒木さんは楽しそうに笑った。手の平で俺の頬を挟むと、ムニッと押しつける。

「お前も案外かわいいな」

「マジでやめてください」

 その腕を乱暴に振り払い、そのまま立ち去り……たいけど、それも失礼だと思うから、挟んでいる手をそっと外して下ろす。

荒木さんは笑いながら後ろを振り返った。

「おーい、舞香。スマホでも動画編集出来るようになったって?」

「あ、はい。教えてもらっただけで、まだやってはないんですけど……」

 部長の呼びかけなんだから、彼女がすぐに駆け寄ってくるのも、当たり前の話しなんだ。

「じゃあ試しに、今ちょっと撮って教えてもらえよ」

「えっ!」

「え? あ、はい」

 彼女は素直に、ポケットからスマホを取り出す。

「じゃ、どうしよっか。どうすればいい?」

 全く、余計なことしかしやがらねぇ。

彼女は素直にスマホを操作している。

俺はこんなことをするために、カメラぶら下げて来たんじゃないし!
「えっと……。ネットで公開する予定なんだよね」

「うん。学校SNSだけじゃなくって、演劇関係の内部サイトで見られるような感じ」

 舞香の肩がすり寄ってくる。

彼女的にはスマホを掲げて撮影している、その小さな画面を一緒にのぞいて欲しいらしい。

どうしてスマホはこんなに小さい上に、両手で撮影しなければいけないんだ。

「画角って分かる?」

「撮影する時の、画の構図ってこと?」

 彼女の手に触れないよう、わずかにその角度を変える。

「あぁ、うん。ま、いっか。それと、焦点を合わせるってこと」

「勝手にピント調節してくれるんじゃないの?」

「あーうん。それでいいと思うよ」

 肩までの黒髪が鼻先をくすぐる。

近づきすぎた距離に、慌てて離れる。

彼女はちょっとムッとした顔をした。

「演劇って、基本舞台の上でしかやらないからさ。もちろん、そうじゃないのもあるけど」

「そうだね」

「私はスケジュール管理とか買い出しばっかで、こういうの初めてなんだ。だからどんくさいかもしれないけど、ゴメンね」

「いや、それは大丈夫……」

 気づけば荒木さんは演劇部員の中心に戻っていて、台本のようなものを片手に何かしゃべっている。

舞香の掲げるスマホの画面越しに、そんな荒木さんにレンズを向ける希先輩の姿が写った。

「……まぁいいや。ピント調節とかも、使うカメラによって違うから」

「じゃあどうすればいいの?」

 どうすればいいんだろう。

俺はこのまま、こんなことをしていていいんだろうか。

小さな画面の向こうで、希先輩はどこかに行ってしまった。

「ビデオカメラとかないの?」

「ハンディカムってやつ? あるけど古い」

「じゃあスマホ撮影でつなげるか。それなら台数もあるしね」

「ねぇ、本気で面倒くさいって思ってるでしょ」

「今さらそんなことないって」

 なんだか非難じみた表情で見上げられたけど、本当にそんなことはどうだっていい。

「とりあえず好きなように撮ってみて。それで編集してみて、どうやって撮った方が後から楽になるとか、分かってくると思うから」

「はーい」

「本当はビデオカメラとかがあった方がいいと思うけど。容量とかズームした時の、画質とかの問題だけだけど……」

「はーい」

 放課後の校庭を、爽やかな風が吹き抜ける。

てか、なんで俺が教えることになってるんだろう。

通りかかったみゆきに文句を言ったら、「まぁまぁ」とか言ってニヤニヤされただけだし。

その舞香はスマホを掲げたまま、前後左右に動きながら、演劇部員たちを撮影している。

太陽からの光りは柔らかく彼女に降り注ぎ、真剣な表情の横顔は、時折かけられる冗談に笑う。

吹く風が彼女の肩までの髪を揺らした。
 こうやって見ている分には、彼女は何者でもなく普通の女の子に見えた。

自分自身が乗っ取られてるとか、そういう自覚はあるのかな。

それとも同意はあった? 

だけど、乗っ取られた瞬間をみてしまった俺としては、少なくとも乗っ取られることに対して、同意はなかったように思う。

まずはそこを確認してみたいけど、それをどうやって聞きだそうか……。

彼女自身は、あのバケモノの正体を知っているのかな……。

 写真部と違って、演劇部は人数が多い。

やっている作業もそれぞれだ。

舞香はスマホを動画撮影設定にしたまま、台本チェックをしている部長を下から撮ってみたり、大道具チームの作業風景を、インタビューを交えながら撮影していた。

そんな彼女に向かって、俺はなんとなくシャッターを切る。

きっと彼女には気づかれていないから大丈夫。

 俺はその一枚を撮っただけで、なんとなくここには満足してしまった。

空に軽々と浮かぶ大きな鳥を見つけて、それを収める。

きっとあんな風に空を飛べたら、気持ちいいんだろうな。

演劇部員たちの賑やかな活動が続いているその場所を、俺はそっと離れた。

 水たまりみたいな、小さな池のほとりに立つ。

水面にアメンボが浮かんでいるのを見つけて、また一枚。

俺はこの場所が好きだった。

蚊が湧くとかいって他の皆は嫌がるけど、実際にはそうでもない。

池の周囲は整備された芝生が取り囲み、その向こうには原生林がそのまま残っている。

近所の猫が顔を出すこともあって、近寄っては来てくれないけど、写真は撮らせてくれる。

「舞香の写真はもういいの?」

 ふいに声をかけられて、俺は渋々と振り返る。

荒木さんだ。

「せっかくのチャンスを無駄にするなんて、もったいない」

「なんでこっちに来たんですか」

「いや、キミが抜け出したから。何かあるのかなーと思って」

 その端正な顔が、ふっと微笑んだ。

横顔を向け、彼の流れた視線の先は、小さな池を捕らえていた。

「この池は、昔はもっと大きくてね。深さもずっとあった。深い森の山の奥で、こんな人里迫る賑やかな場所ではなかったんだ」

 今は芝生の広がるだけの場所に、両腕を広げる。
「ここにね、それはそれは小さな祠があって、それが……。まぁ、昔の話しなんだが」

「……それって、この学校の出来る前の話じゃないすか? 50年以上前の話ですよね」

「え? そうだっけ?」

 普通、そんなことに興味ある? 

どうしてそんなことを知ってる? 

体が震えている。

それをこの人にバレないよう、隠すのに精一杯だ。

「学校の歴史とかに、なんでそんなに詳しいんですか?」

「まぁ、舞香に聞いてみるといいよ」

 ブルブル震えながら見上げる俺を、彼はじっと見つめている。

微かに微笑んだ。

「邪魔したね。もう行くよ」

 スラリとしたその姿が、完全に見えなくなるのを待っている。

それを確認してから、急いでスマホを取り出し、学校ホームページを開いた。

資料室にあった学校史のパネルが、そのまま載せられている。

その画像には確かに祠は写っているけど……。

そんなの、気にする? 

もしかしてこの人も、彼女の秘密をしっているのかな。

だとしたら『協力者』の一人?

「……。なんだよ、他にも仲間がいたんだ」

 そりゃそうだよな。

どうして自分だけが、特別だなんて思ったんだろう。

急に何もかもがバカらしくなって、芝生の上に寝転がる。

淡い空に消えそうな雲が浮かんでいて、それをカメラに収めた。

こうやってここに寝転がっていれば、いつか俺にも不思議なことが起こったりするのかな。

宇宙人が攻めてくる? 

魔法や超能力が使えて、ゾンビ倒せたりする?

「なにしてんの?」

 ふいに現れた舞香が、俺をのぞき込む。

スカートの中が見えそうで見えないのに、飛び起きた。

「な、なにも……、別に何も見えてないよ!」

「圭吾はここが好きだな」

 そう言って、池とフェンスの向こうの森を交互に見比べている。

「私も初めてここを見た時、よいなと思ったんだ」

 それだけを言って、くるりと背を向けた。

「……。なんの用?」

「用がないと、来てはいけないのか?」

 特になんの用もないことくらい、そりゃ知ってるさ。

俺に用のある奴なんて、そもそも滅多にいないし、あっても大概そんな時は、ロクなもんじゃない。

この演劇部の動画編集作業だってそうだ。

だけど、そんな理由でもなければ、きっと彼女と話すこともなかったんだろうな。

下からマジマジとのぞき込んでくるその全く遠慮のない物腰に、俺は若干どころか、だいぶ引いている。
「圭吾はこの池が好きか?」

 グッと近寄るその顔が近すぎる。

一歩ずつ寄ってくる足取りに合わせて、俺も一歩ずつ後ろに下がった。

俺は彼女が何者かに取り憑かれていることを知っている。

その取り憑いているバケモノも、俺が知っているということを知っている。

だけど舞香だけは、そのことを知らない。

彼女は彼女の秘密を、俺が知っているということを知らない。

 彼女がくるりと背を向けた勢いで、肩までの髪はサラリと広がった。

その光景を見るだけで、くらくらして目が回りそうになる。

自分の顔が、真っ赤になっているのが分かる。

その不自然さはもちろん自覚しているけれど、自然現象なんだから仕方がない。

こんなことで彼女がヘンな誤解でもしないかと、そっちの方が心配だ。

「好き……でもないけど、嫌いでもないし……」

「ここが出来る時に、変えられてしまったのか」

「学校ホームページにも、そう書いてあったよね」

 スマホの画面をもう一度開く。

いや、フツーこういう話題で盛り上がったりなんか、しないよ? 

こんなつまんない話しになんて、乗っかってくれる奴いないよ? 

それは彼女だからではなく、彼女に取り憑いたバケモノに、俺が頼まれているからだ。

小さな画面に彼女の顔が近づく。

「そうだな。しかしこれは、学校建設以降のことしか記録がない。それ以前は、どうしたらよいのだろうか」

「……。どうしたらいいんだろうね」

 知るかよ、そんなこと。

棒読み風な彼女のセリフにも、若干焦りを感じ始めている。

検索画面に戻った。

池、歴史……で、検索してみるか。

「……。その小さな機械はなぜ……あ……。いや、だ……待てっ!」

 突然、舞香は一人でオロオロとし始めた。

パタパタと両手を忙しく振っていたかと思えば、腰に手を当てふんぞり返る。

「だから……、ねぇ! って、ちょ、ま……」

 今度は、水中をかき分けるような仕草をした。

じっとそれを見ている俺に気づいた彼女は、ピタリと動きを止める。

真っ赤に照れた彼女が、俺のスマホをのぞき込んだ。

「ははは。へー。池って、人工的に作られていることの方が多いの
か……」

「自然にあるものじゃなくって?」

「も、もちろん、そういうのもあるみたいだけど……」

 突然雰囲気の変わった彼女に、俺は違和感しかない。

彼女自身も、自分のとってみた行動に限界を感じているようだ。

「だとしたら、この池も人工的な池?」

「だけど、ここは元々あった池を埋め立てた残りなんだよね」

「じゃあその前は、この山奥に人工的な池があったってこと?」

 互いに見つめ合う。

「あはは……」

「ははは……」

「はぁ~……」

 同時にため息をついた。

いや、俺にはこれ以上、一緒にいるのは無理だ。

色々と。
「池の歴史については、誰かに聞いた方が早いんじゃないの?」

 つい漏らしてしまった言葉に、ハッとする。

「誰に聞けばいいのかな?」

「さぁ……」

 彼女は口をつぐみ、グッと黙ったままうつむいてしまった。

その横顔に、なぜかまた罪悪感を覚える。

「だとしても、この池は自然発生的な池の方じゃないのかな」

 そんなことを言ってみたけれども、なんの反応もなかった。

いずれにせよ、俺に出来るのはここまでだ。

「そうかもね、ありがとう」

 それが本音なのか、フェイクなのかは分からないけど、俺にもこれ以上踏み込めないし、踏み込む気もない。

自分のことは自分で片付けてくれ。

俺に頼られても何も出来ないし、そもそも頼られる理由もない。

もっと他にいるだろ。

彼女が話しかけたり、相談したりする相手は、他にもいたしな。

きっとその人に相談した方が、何もかも上手くいく。

彼女も別に平気そうだし、もういいだろ。

 下校時刻が近づいていた。

彼女は演劇部の方へ戻り、俺も部室へ戻る。

今日撮影したデータをパソコンへ送り、USBにバックアップをとったらお終いだ。

他のみんなも続々と戻って来ている。

それでたわいのない話しをしてから、一緒に帰るのがいつもの流れだ。

俺はそんな変わらない、いつもの風景に安心する。

間違いのない、正しい姿だ。

扉をノックする音が聞こえて、それは遠慮がちに開かれた。

「あの……。圭吾って、いる?」

 舞香が姿を現した瞬間、そこにいた写真部員、全員が振り返った。

彼女の赤らんだ頬のせいで、平和だった空間に突如として不穏な空気が流れる。

「あっ、どうぞ! こっちに座ってください!」

「圭吾、お前もう用事終わってる?」

「帰るなら、先帰っていいぞ」

「なんだよ、お前ばっかずるくない?」

 なぜ俺が山本に首を絞められる? 

だからそんなんじゃないっての!

「あー、スマホ動画の編集? それはまた明日にでも……」

「ううん。ちょっと他にも、聞きたいこともあって……」

 体が硬直する。

女の子の方からこんな風に誘われるのは、生まれて初めてだ。

「一緒に帰れるかな」

「い、いいけど別に……。あーじゃあ、片付けるね」

 とたんに心臓が騒ぎ始める。

待て。

一緒に帰っちゃダメだろ。

相手は得体の知れないバケモノだぞ。

さっき自分でも見たじゃないか。

怪しげな言動を。

そう簡単に騙されてちゃダメだ。

鞄を持つ手が震えている。

ニヤニヤしながらこっちを見てくる、部員たちの視線が痛い。

「じゃ、行こっか」

 部室の扉が閉まったとたん、中から歓声が上がった。

本当に本当にやめて欲しい。

困るじゃないか、俺が。
「な、なんか、ゴメン……ね?」

「別にいいよ」

 いまだかつてない緊張感だ。

校舎の外に出る。

空は真っ赤に燃え上がっていた。

このまま山道を下っても、その先にはコンビニの駐車場しかない。

そんなところで話しをするわけにもいかないだろう。

同じ学校の生徒の目がつきすぎる。

「どっか場所変える?」

「そうだね。あ、コンビニの交差点を渡った向こうに、小さな公園があるの。そこでもいいかな」

 なんか素直に従っている風に見えるけど、俺は別に元からキミに興味があったワケではないから。

そんなの、何にもないから。

信号を渡った先には、確かに公園があった。

誰が何のために作ったか分からないような、米粒みたいに小さな公園だ。

外灯が一本とブランコが一つに、おまけみたいなベンチが添えられている。

夜の訪れと同時に、その古びた外灯に灯りがついた。

周囲からの喧噪は響いてくるのに、この公園だけは恐ろしいほど静かだ。

二人きりになるのがこんなにも緊張するものだなんて、思わなかった。

肩までの髪が振り返る。

「あ、あのね。驚かないで聞いてくれる?」

「うん」

「あ、あのね……」

 覚悟は出来てる。

俺は浮気するような奴じゃないし、キミの門限もしっかり守る。

嫌がるようなことは決してしないし、わがままだって言わない。

こうみえて結構尽くすタイプだと思うよ。

「本当に、びっくりしないでね……」

「分かった」

 たとえなにがあったとしても、受け入れる用意はある。

俺と彼女の間にあった空間が、ぐにゃりと歪んだ。

それはゆっくりと渦を巻きながら次第に紐状に形作られたかと思うと、真っ白な龍の姿へと変化する。

「久しいな、圭吾」

 半透明に透ける白い龍はそう言った。

長さは60cmといったところだろうか。

顎髭を伸ばし、二本の角とたてがみをなびかせるその姿は、日本の昔話に出てくるよく知った龍の姿そのまんまだ。

「なんだよ、そっちかぁ~……」

 全身の力がガックリと抜け落ちる。

それならそうと最初に言っておいてほしかった。

なんだ。

なんだよ。

緊張して損した。

目の前の龍は、ぷかぷかと浮いている。