「実は、全員には言っていないが、美高で推薦受験が始まったんだ。」
私も予定調和で公立の志望校を確認したあと、先生が得意気に資料を出してきた。だが、「推薦受験」と言われても、成績は下から数えたほうが早い私には無縁の話でしょ、と思ってのぞいてみると…。
 「これって。」
私と母の声が重なった。
 先生が差し出した推薦受験の受験資格は、まさに私のことを言っているようだった。

  一、保護者の住所が美鳥にあるもの
  一、部活動を3年間続けたもの
  一、本校卒業生、在校生の子、姉妹

 「美鳥」とは美高、美鳥高校のご近所の住所で、もちろん隣の我が家も含まれる。部活も3年間続けた。それに、私の母も姉も美高生だった。
 先生によると、3つの条件、すべて満たす者のみ受験できるようだ。しかも書類審査のみで、募集人数は無制限らしい。つまり、受ければ合格する。うちの中学校に該当者は私しかおらず、そうとなれば、成績の如何(いかん)に関わらず推薦がもらえるらしい。
 「正直、今の学力では第一も、もう少し努力しないと合格は保証できない。美高推薦で、早く決めて落ち着かないか?」

 「はい。受けます。」

 母に相談もせず、自分で返事をしてしまった。隣にいた母は驚いたように「え、」と漏らしたが、すぐに私の決断を認めてくれた。
 では、と先生がピンク色の推薦受験願書を出して、月曜日までに書いてくるよう言われた。

 話は5分とかからず済んでしまった。
 推薦受験は該当者、つまり私にしか案内されていないので、推薦で合格することは他言しないように、とのことだった。今や入りたくても受からない生徒が出るほどの人気校となったので、無試験で合格内定となれば陰口を叩かれるに違いない。
 先生がそう言ったのは保身のためだと知っている。こんな大事な時期に陰口だいじめだとなれば、本来やるべき仕事に手が回らない。それを避けるための種まきだ。
 そんな理由なら、香織には…、と思い立ち、香織との個人ラインを開いた。

 「私、美高推薦で受けることにしたん…。」

 私の良心が画面から指を離した。

 あれだけ美高に行きたい香織なら、推薦があるのなら喉から手が出るほど、ほしいだろう。でも、部活を辞めた香織は受けられない。香織に伝えたら「受けられる自慢」になってしまう。
 私は香織と対等でいたい。自慢して、なんか私の方が上なんて、そんなことしたくない。
 いずれ、私が推薦受験で内定をもらうことが香織にも知れてしまう。要項によると、内定が知らされるのは1月の専願受験前、合格発表は専願受験と一緒らしい。
 合格が決まったら、私たちのクラスでは教室にお花と一緒に名前と進学先が掲示される。すでに、スポーツ推薦で甲子園の常連校に内定した男子が貼られている。

 つまり、私と香織の親友の賞味期限は、1月30日。美鳥高校専願受験の合格発表の日だ。

 受験の要項には、そもそもなぜ推薦受験を始めたのか、ということが、小難しい言葉で書かれていた。要はこういうことだ。

 「美高が受験者を選びたい」

 美高は、地域に根ざした私立高校ということで、これまで親の世代から「高校に行きたいけど、公立は落ちた」という数えきれないほどの受験生を救ってきた。
 美高が求めるのは「地元の生徒」、「部活を頑張る生徒」、「いままで関わった生徒の親族」。美高が救いたいのはそういう生徒だということが、難しいような、まわりくどいような言葉で、長々と書いていた。
 今年の春の受験を振り返ると、急激な人気沸騰により、そのような生徒を救う前に、美高の思いは置いておいて、いわゆる「優秀な」生徒を合格させざるを得なくなってしまった。
 そこに胸を痛めた美高が、求める生徒を合格させるために始めたのが「美高推薦」だ。