あれから緒方から連絡はない。

 離島といえど、同じA県内だ。四日もあれば手紙は彼の手に届いていることだろう。未だに彼が現れないということは、彼は私に愛想をつかせたか、“真実”に気がついたかのどちらかだろう。職員に封筒ごと捨てられてしまうことが一番怖かったが、もしそうなら彼はもうこの施設に姿を現しているはずだ。家出してでも会いに来るなんて書いてたから、私はもし間に合わなかったらとすごく不安だった。でも、もうそれは気にしなくても大丈夫だろう。

 私は階段の踊り場で立ち止まると、窓から夜の闇に浮かぶ白い満月を見上げて笑う。

 緒方、あんたは今、この月を見てるの?

 月、キレイだよ。部屋から出て、見上げてみなよ。

 アイ・ラヴ・ユーを「月が綺麗ですね」と訳したのは誰だったろう。

 失敗したな。

 そこまで遠回しでいいなら、私や緒方でも言えたのに。

 私は心の中で、初恋の男の子に話しかける。

 月がキレイだね、と。

 彼の笑顔を思い出す。

 心臓が、とくん、と鳴った。

「杏!」

 下から鋭い声がして、私を背中から貫いた。緒方の笑顔が消えて、私は下を見下ろした。

「皐」

 階段の途中に、白い棒を持った皐が立っていた。がくがくと膝を震わせている。私の視界に月明かりに照らされた彼女の泣き顔と、手にした籤が飛び込んでくる。

 先端が赤かった。

 その赤が、血の色に見えた。

「皐、あんた……」

 私は鳥肌が立つのを感じる。夏なのにいきなり外気が急激に下がったような感覚。その場で凍ったように立ち尽くしていると、先端が赤い籤を持った皐が一歩ずつゆっくりと私の方に歩いてくる。私はごくりと唾を飲んだ。涙で顔をぐちゃぐちゃにした皐の様子が怖かった。先端の赤い細い棒が、血のついたナイフのように見える。死神が近づいてくるように錯覚してしまう。私はすぐにでもその場を駆け出したい衝動を理性で必死に抑えつけた。

「当たっちゃった……」

 皐は私の居る踊り場に来ると、籤の赤い先端を差し出して見せる。まるで、刃物を突きつけられているように私は思った。

「……そう」