彼の言葉に僕は「なら、先生の木も見せてください」と答えた。そばにいた父と母はすぐに僕をとがめようとしたが、その医師は両親に片手を軽く突き出して「大丈夫です。この子の言っていることは正しいですから。分かった。僕も描こう」初老の医師は白衣の右腕をめくると自身も僕が渡されたモノと同じ白紙を取り出して木の絵を描き始めた。その姿を見て、僕は最初に描いた枯れ木のような木に一枚ずつ細かい葉を描く。死にかけた木に青々と茂った葉を何枚もつける。初夏の常緑樹を描くつもりだった。加藤杏と見上げた、木漏れ日の中で揺れるあの枝と影、そして力尽きて落ちた蝉。そのすべてをちゃんと描こうとした。でも上手くいかない。あの光景を絵にするには僕には致命的に技量が足りていない。それにろくに食事も摂っていない僕は極端に体力を失っていて、精緻にあの光景を思い出そうとするだけで、息が上がり右腕がぶるぶると震えた。そして何より、もう加藤杏がいないことを否応なしに自覚してしまい、胸が締め付けられるように痛み出した。僕は、泣いていた。

「……こうじゃない、こんなじゃないんです……」

 僕は泣きながら懸命に鉛筆を動かす。涙が落ちて黒鉛の載った紙をふやかした。無残としかいいようのない絵だった。医師は僕の描きかけの絵を見た後、頷いた。そして、自分の描いた絵を僕と両親に見せた。彼の描いた木は太い幹を持ち、葉は一枚ずつではなくまるでギャグ漫画の雲のような大きな茂みがひとつ枝全体を包み込んでいた。真横には大きな文字で“雄大なサバンナ”と書いてある。

「これ、ずるくないですか?」

 僕は彼の書いた書き文字を指さして言った。

「そうかなぁ。でもサバンナの草原なんて医者の僕に書けるわけないだろう?」彼は悪びれる風もなく笑った。釣られて僕も少しだけ笑ったかもしれない。彼はもう描くのはやめていいよ、と僕に伝えた後、「これはどこの木なの?」と尋ねてきた。

「学校に生えてる木です」
「君はどうして、この木を選んだんだい?」
「……真っ先に頭に浮かんだから」

 僕が手の甲で涙を拭いながらそう答えると、目の前の医師は満足そうに笑って、