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 話は数日前にさかのぼる。

 和さんが亡くなった次の日、私は告別式で着ていた喪服のまま、父の秘書兼愛人に連れられてN埠頭までタクシーでやって来た。「杏お嬢様、これが転入に必要な資料です」秘書は私の目を見ずに事務的な口調でそう言うと、白いB4サイズの封筒を寄越した。表の右隅に『私立南中等特別支援養護学園』と印刷してある。私は何も言わずにそれを受け取り、一人、車から降りた。運転手がトランクから下ろしてくれた青色のキャリーバックを見て、つい噴き出しそうになる。

 まさかこんなに早くまたこれを使うハメになるとは思わなかったよ。

 私を残し、タクシーは父の愛人だけを乗せて、去って行った。磯臭い強い風が吹き付けてくるのが不快で、私は右手でキャリーバッグを引っ張りながら、白い三階建ての建物の方へと歩いて行く。三階のところに『Nフェリー埠頭』という看板が取り付けてあった。私はその建物のガラス戸をくぐり、切符売り場でフェリーの切符を買うと、自販機が四台並び、二十インチくらいのテレビがひとつ設置してある待合室のクッションの薄いソファーに腰掛けた。周囲を見ると、私以外に客と思しき人は一人もいない。平日のこんな時間帯に小さな島へ行く酔狂な人間なんて他にいないのだ。私は父に島流しにされたんだ。ふざけんな、あの女好きのバカ親父。私を身ごもった母を傷つけ捨てた。妹が自殺したのに葬式にも来ない。何が社長だ。私以上にあんたはヒトデナシだよ。

「ねえ、気分悪いの? 大丈夫?」

 急に話しかけられて、私は思考を中断した。声をした方を見ると、私と同年代の女の子が右隣に座っていた。白いブラウスに赤いリボン、それに紺のプリーツスカート。どこかの学校の制服みたいだ。いつのまに来たんだろう。まるで気づかなかった。

「別に、悪くないよ」私は努めて淡々とした声で返事をした。
「でも、すっごい顔色悪いよ」
「あんたには関係ないよ。放っておいて」

 私はキツメの口調で、そう言った。どこの誰かは知らないけど、会話なんてしたくない。私は見えない壁を作る。これ以上踏み込めるのは、私が認めた人だけだ。

「なくはないよ。あなたもナミトクの生徒なんでしょ?」

 でも、意外なことに隣の子は、私との会話をやめなかった。それどころか微笑すら浮かべている。

「ナミトク?」