15
その日の夕方、気絶するようにして居間のソファーで眠っていた僕は突然、目を覚まし、母親が止めるのを振り切って、加藤の家に向かった。火事は収まっていたが、昼間見た黄色いテープが張り巡らされ、中には入れない。門の向こうをのぞくと、庭にはベンツの残骸と黒い奇妙なオブジェのように見える燃えた木々があって、壁の一部は黒く焼け焦げていた。ブザーを押した。が、返事はない。加藤はまだ病院にいるのだろうか。きっとそうだ。ここには彼女はいない。僕はようやくその考えにいたると、一番近所の総合病院に向かって駆け出した。僕が学校に電話した時、口にした病院だ。ここから自転車で五分。徒歩なら十分。僕は西日を浴びて、影を歩道に舞い踊らせながら、七分でその病院に着いた。
ガラス製の自動扉をくぐって、僕は総合受付に向かうと、女性の職員に尋ねた。
「加藤和さんという方が、ここに入院してるはずなんですけど、どこの部屋にいますか?」
「失礼ですけど、ご家族の方でしょうか?」
眼鏡をかけた若い女性が、僕をチラリと見た。
「いえ、その人は、僕のクラスメイトの、加藤杏さんの、叔母さんで、それでお見舞いに。あの、杏さんもいるんですよね?」
僕はつっかえながらも何とか、頑張って話す。
普段、家族や同世代の人としか話さない僕は、すごく緊張した。心の殻に亀裂が走る。脚が震えているのが分かる。受付の女性はどうやら、あまり僕を彼女達のいる病室に案内はしたくないようだった。でも、僕は必死に話し続ける。大切な殻を自らの手で叩き割って。クラスメイト代表で来ただとか、和さんとも普段からとても親しくしてもらったとか、ウソを並び立てて。とにかく加藤に会いたかった。その一心で僕は眼鏡の女性を説得し続ける。
「……担当の看護師に確認してみます」
根負けした彼女は、受話器を取って、電話をし始める。しばらく会話をした後、その女性は静かに受話器を置いた。
「ごめんなさい。今は会いたくないそうです」彼女は済まなさそうに僕に言った。
「加藤がそう言ってるんですか?」
「今は誰にも会いたくないって、せっかく来てくれたのにごめんなさい、と伝えてくれって言っていたそうよ」
その日の夕方、気絶するようにして居間のソファーで眠っていた僕は突然、目を覚まし、母親が止めるのを振り切って、加藤の家に向かった。火事は収まっていたが、昼間見た黄色いテープが張り巡らされ、中には入れない。門の向こうをのぞくと、庭にはベンツの残骸と黒い奇妙なオブジェのように見える燃えた木々があって、壁の一部は黒く焼け焦げていた。ブザーを押した。が、返事はない。加藤はまだ病院にいるのだろうか。きっとそうだ。ここには彼女はいない。僕はようやくその考えにいたると、一番近所の総合病院に向かって駆け出した。僕が学校に電話した時、口にした病院だ。ここから自転車で五分。徒歩なら十分。僕は西日を浴びて、影を歩道に舞い踊らせながら、七分でその病院に着いた。
ガラス製の自動扉をくぐって、僕は総合受付に向かうと、女性の職員に尋ねた。
「加藤和さんという方が、ここに入院してるはずなんですけど、どこの部屋にいますか?」
「失礼ですけど、ご家族の方でしょうか?」
眼鏡をかけた若い女性が、僕をチラリと見た。
「いえ、その人は、僕のクラスメイトの、加藤杏さんの、叔母さんで、それでお見舞いに。あの、杏さんもいるんですよね?」
僕はつっかえながらも何とか、頑張って話す。
普段、家族や同世代の人としか話さない僕は、すごく緊張した。心の殻に亀裂が走る。脚が震えているのが分かる。受付の女性はどうやら、あまり僕を彼女達のいる病室に案内はしたくないようだった。でも、僕は必死に話し続ける。大切な殻を自らの手で叩き割って。クラスメイト代表で来ただとか、和さんとも普段からとても親しくしてもらったとか、ウソを並び立てて。とにかく加藤に会いたかった。その一心で僕は眼鏡の女性を説得し続ける。
「……担当の看護師に確認してみます」
根負けした彼女は、受話器を取って、電話をし始める。しばらく会話をした後、その女性は静かに受話器を置いた。
「ごめんなさい。今は会いたくないそうです」彼女は済まなさそうに僕に言った。
「加藤がそう言ってるんですか?」
「今は誰にも会いたくないって、せっかく来てくれたのにごめんなさい、と伝えてくれって言っていたそうよ」