この時、彼女が口にした言葉を聞いて、僕は凍り付いた。さっきまでの火照った身体からみるみる熱が消えていき、代わりに冷たい汗が背筋を流れる。僕は渡り廊下に四つん這いになったまま、彼女から視線が外せなくなる。目を離した瞬間に殺されるような気がして。何故、がまたひとつ増える。

「そんな病気は聞いたことがないな。深夜アニメか漫画が元ネタか?」僕は懸命に虚勢を張った。
「さあ? もしかしたら、そうかもね。そもそも名付け親は和さんだし。あの人重度のオタクだから。でも、名前なんてどうでもいいよ。問題は私と緒方が同じ病気なことじゃないかな」
「僕は、そんな変な病気には」僕が即座にその場を取り繕うとした時、
「私、五歳の時、飼い猫を殺しちゃったんだ」

 先手を打つように加藤が、自分の過去を告白した。

「親が言うには、昔からその兆候があったらしいよ。三歳の頃お気に入りのヌイグルミをハサミで切り裂いたのが最初だって。わんわん泣きながらごめんねごめんねって言いながら大好きなヌイグルミを殺したんだ。それからだよ、私は好意を持ったモノや生き物を好んで傷つけるんだって。小学二年の時、一番仲の良かった子を滑り台から突き落としたこともあった。それからだよ、しょっちゅう大好きな人達を傷つけては、転校を繰り返すようになったの」

 加藤は立ち上がって、渡り廊下の右横に生えている常緑樹のそばに上履きのまま歩いていった。顔を上げている。鳴いているアブラゼミを見上げているらしい。

「だから、君は周囲に対してあんな風に攻撃的なのか。最初から誰にも好意を抱かれたり抱いたりしないように」

 吐き気が収まった僕は、ふらつく脚でなんとか立ち上がると、彼女の横顔に問いかけた。

「そうだね。それもなくもないよ。でも、元々の性格もあるかな。だって、皆、子供で馬鹿ばっかに見えるもん。クラスの連中も、あの宮下って担任も」
「どうして、僕にはそんな本音をさらすんだ?」
「友達だからだよ」
「僕はまだ認めてないよ」
「認めてよ。ていうか、あんたも本当は私に興味があるはずだよ」
「君はうぬぼれがすぎるんじゃないかな」
「じゃあ、どうして三日前、私の教科書をここに運んでくれたの?」
「本が可哀想だからって答えたよ。それにイジメを見過ごすのはイジメに加担するのと同じだろ。僕はあいつらと同類とは思われたくない」