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 朝、登校して下駄箱を開けると、上履きがずたずたに切り裂かれていた。私は特に何とも思わずそれを引き出すと、そばのゴミ箱に投げ捨て来客用スリッパに履き替える。教室に入って机を見ると、萎れかけた向日葵が挿してある牛乳瓶が置いてあった。私はそれを手にすると、躊躇なく窓から放り出して、どっかと席につく。周囲の子供達は遠巻きに私を見て、何かをひそひそ話している。イジメは今日も平常運転らしい。転校三日目にして、私は見事にクラスで浮いていた。私がイジメを受けていることは担任の宮下もとうに分かっている。でも、何もしない。どうやら、今までと同じようにこの学校も私にとって戦場らしい。だけど、

「おはよ」
「あ、うん、おはよ」

 いっこ前の席の緒方とだけは、私は交流していた。緒方も私同様、クラスではほとんど誰とも話さず一人ぼっちだけど、私と大きく違うところは、誰も彼を攻撃はしていないことだ。

理由は何となく分かる。彼はとてつもなく存在が希薄なのだ。彼はあの時見せた人形の眼でクラスの連中や教師と接していた。あの眼の緒方は、死んでいるようで、まるで感情がない。感情を持たないモノに人は怒りや憎しみを抱いたりはしない。それに教室に居る時は九割方、机につっぷして眠っている。ほら、もう眠った。私は丸まった緒方の背中を見ると、アルマジロを連想する。敵から身を守るために、身体を丸めて硬い皮膚で防御して攻撃しても無駄だよと言っている。今日まで私は緒方とは転校初日に教科書を運んでもらった時をのぞいたら朝の挨拶と帰りの挨拶しか交わしていなかった。

 私は頬杖をついて、緒方の背中を見つめているうちにだんだんムカついてきた。

 あの時、手を振りほどかれて、終わりじゃ私が負けっぽい。

 そっちから話してかけこないのかよ。

 泣かないのかよ。校庭で鳴いているアブラゼミみたいに。

 泣いて頼んだら、おっぱいくらい触らせてやってもいいよ。

「痛っ」「あっ」