私の言葉を待つことなく、彼は扉を閉じて外へ出て行ってしまった。私はついさっきまで、彼の手首を握っていた右手の手のひらを開いて、じっと見る。何だろう。変な感じがする。異性に手を振りほどかれたのが、悔しかったのかな。今まで私に媚びを売るスケベ男子は山のように居たけど、こんな風に扱われたのは初めてだ。

「フラれちゃったね」

 和さんが、私の顔をのぞき込みにやにや笑っていた。

「別に好きじゃないし。そもそも今日会ったばっかりです」
「恋に時間は関係ないんだよ。ほら、ラヴなストーリーは突然に、ってヤツ?」
「昭和女子の言うことは分かりません」

 私はぷいっと顔を逸らして、和さんに背を向けるとキッチンがあると思われる方へと歩き出した。

「杏ちゃん」私の背に和さんが声を投げつけてくる。
「何ですか」私は足を止めて、背を向けたまま声を投げ返す。
「友達はいいけど、それ以上はダメだよ? 杏ちゃんも私と同じ病気なんだから」

 今までとは一段低いトーンで、和さんが私に言った。

「分かってます。私も、もう転校は面倒ですから」

 私はその場で振り返ると、こっくりと頷いた。

「ん、なら、いいよ。あ、夕ご飯は出前ね。何がいいかな~~♪」

 和さんは、いつもの大人子供の雰囲気に戻ると、スキップしながら私の横を通り過ぎていった。私は一人廊下に取り残される。私は右手を再び広げて、ぺろりと舌で舐めた。

 少し塩っぱい。

 私と緒方の汗の味だ。

 庭先の方から、アブラゼミの鳴き声がガラス窓越しに響いてくる。

 彼らはあいかわらず、泣いていた。

 セックスしたい、と泣いていた。