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「緒方さん、時間薬って知ってます?」

 中途採用で二ヶ月前に入社した藤原皐(ふじわらさつき)が深夜のマシンルームで、汎用機の再IPLをしている僕の背中に突然、そんな言葉をぶつけてきた。僕はコンピ―タが吐き出すコンソール上の緑と赤の入り交じったメッセージを見つめたまま、彼女に「知ってるけど」と短く答えた。

「嫌だなぁ。無視しないでくださいよぉ」

 藤原の妙に明るい声が室内に響いた。僕の声は彼女には届かなかったらしい。数時間も空調の効きすぎた部屋にいたせいか僕の声はすっかり掠れていたし、そもそもマシンルームの中は常時、耳障りなくらい空調の音が大きく鳴っている。僕は仕方なく彼女を振り返り、ため息とともにもう一度言葉を押し出した。

「知ってるって言ったよ」
「全然聞こえませんでした。ここの空調、何度設定ですか? ぶっちゃけ寒いです」
「ここは人間じゃなくて、コンピュータのための部屋だからね」

 今の室温が維持されなければ、ここに設置されている汎用機もサーバも三十分くらいで、赤ランプを点灯して警告音を鳴らし熱で故障してしまう。ルータならともかく、高価なサーバや汎用機がお釈迦になったら会社としては大損害だ。僕の年収を軽く超える金額でリースしているコンピュータ様達の方が、この会社ではヒエラルキーはずっと上なのだ。

「ムカつきますよね。あたし空調切ってきましょうか?」
「絶対にやめて。明日、復旧作業で僕の休日出勤確定だ」
「そしたら、あたしも付き合いますよ。あ、お弁当差し入れします。それなら緒方さん嬉しくないですか」

 事務服に淡いピンクのカーディガンを羽織った藤原が、イタズラ好きの子供のように、にひひと笑った。

「嬉しくない。休日まで会社の人と会いたくない」
「あいかわらずツレないなぁ。あ、緒方さん、内線」