私は五時限目の始まる直前の予鈴が鳴り響く中、二年四組の教室に担任教師に連れられて中に入り、教壇の上に立つと九割方埋まっている席に向かってごくごくシンプルな自己紹介をした。頭は下げず、目礼だけして壇上からこれからしばらく学校生活を共にするクラスメイト達を見下ろす。ほぼ全員が私を見つめている。教室は少しの間だけ静まりかえり、女子生徒達は、ひそひそと話し始め、男子生徒達は性的好奇心を含んだ(と思う)視線を無遠慮に私に投げかけ、「加藤ちゃん、彼氏東京にいたのー?」「読モやってたってマジー?」「え? じゃあ芸能人じゃね?」と騒ぎ出した。

 ああ、イヤだな。

 この学校も、やっぱり子供ばっかりだ。

 私は両手にもらったばかりの全教科の教科書が入った紙袋を持ちながら、何を言われても無表情を貫いた。頼りなさそうな小太りの宮下という担任が「静かに、静かに!」と声をからしているが、喧噪は一向に収まる様子はない。統率力というものがまるでこの男には備わってないようだ。このクラスはハズレだ。私は心の中で深いため息を吐く。もうすでに別の学校に転校したくなってきた。

「加藤、もう何もないのかい?」

 使えない小太りが私に話を振ってきた。ウザいと思いつつも私はそれを表情には出さず、

「ありません」
「趣味とか、得意科目とか」
「趣味も得意科目もありません」

 私のあまりに素っ気ない返事に、宮下は「そ、そうかい」と汗まみれの顔で苦笑いを作るだけだった。私の返答を聞いて、教室の隅の方で数人の顔面が不自由な女子達が「愛想なさすぎじゃない?」「得意科目ないって馬鹿ってことじゃん」「顔しか取り柄ないってカワイソ―」と私に聞こえるか聞こえないかのギリギリの音量で陰口を叩きだした。私は目を細めて、彼女達の方に絶対零度の微笑を向けて言った。

「そこのブス達、どうせ一生独身で不幸確定なんだし、今すぐ死ねば?」

 一瞬で、教室の空気が凍った。

 私の一言は、田舎町に住むまだ小学生に毛が生えた程度の中学生達を黙らせるには充分な破壊力を持っていたようだ。