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 和さんの運転する車(黒いピカピカのベンツ。本人曰く中古らしいけど)に載せられて、私は新しく通う中学の校門前に到着した。市立南生中学校。私立じゃないところに通うのは記憶を保育園まで遡っても初めてだ。さっきの無人駅ほどではないにしろ、ちらっと見ただけで、校舎も校庭にある設備もボロっちい。『にこにこ笑顔で明るく挨拶』、『先輩は後輩の面倒をみよう』、『生徒は先生を敬おう』なんていうスローガンがペンキで書かれた看板がバッグネットに掲げてあるのが、見ているだけで恥ずかしい。制服が未だにセーラー服だった時にすでにイヤな予感はしてたけど、ここは昭和で時間が止まってるようだ。私は車を降りると、地面に落ちていたジュースの空き缶を思い切り校舎に向かって蹴飛ばしていた。

「杏、転入早々荒ぶってるね」
「和さん、この学校果てしなくダサいんだけど」
「税収は減ったし、少子化だし、学校にお金はなかなか回らないよね」

 運転席から降りた和さんが、あはは、と他人事のように笑ってるのが憎たらしい。親も親だ。金なら腐るほどあるくせに、悪どいことをしてさんざん儲けているくせに、どうしてせめて私立にしてくれなかったのだろう。あいつ、いつか泣かせてやる。

「じゃあ、職員室行く?」
「いえ、一人で大丈夫です」
「でも、保護者として一応ご挨拶をしといた方が、心証良くない?」
「少女趣味の叔母さんと一緒の方が絶対心証悪いです。キャリーバッグよろしくお願いします」

 私は片手に転入手続きの資料の入ったB4サイズの封筒だけを持って、勝手に一人すたすたと校内に入っていく。背後から和さんの「杏のバーカ! バーカ! ユー、ファッキン!」という語彙がなくて下品な罵詈雑言が飛んできたが、ガン無視して昇降口にたどり着く。来客用のスリッパを見つけて履き替えてから振り返ると、まだ和さんはベンツと一緒に校門前に居て、私に向かって右腕を突き出しピースサインを送っていた。意味がまったく分からないが、たぶん私の知らないアニメのパロディだろう。和さんは少女趣味なだけでなく重度のオタクでもあるのだ。私は、苦笑混じりの笑顔で軽く手を振った。

 今日、初めて笑った気がした。

   ***

「加藤杏です。東京から来ました」