その痛みは僕の大切なモノにヒビを入れてどんどん剥がしていく。日を追って僕は大切なモノを失っていく。それは擬態のために身につけていた僕の薄っぺらな殻だ。作り笑いだったり、口先だけの優しい言葉だったり。例えれば廃材を覆い隠すビニールシートのような物だ。僕はもう自分の醜さを隠しきれない。だから、部屋に閉じこもるしかなかったんだ。加藤杏が町を出て四日目、僕は引きこもりになった。

 誰とも話してはいけない。

 接してはいけない。

 こんな醜い汚物のような僕をさらしてはいけない。

 暗闇に溶けてしまうしかない。

 溶けよう。

 暗闇になりたい。

 僕はずっとそう願い、外界のことは考えないようにした。考えれば、どうしても加藤杏のことを思い出してしまう。彼女の姿が脳裏を過ぎると、痛みが増し、また殻が剥がれ落ちるのだ。

 だから、僕は知らなかった。

 加藤杏が、たった一人で十七人の人間を殺したなんて。

 今思えば、情けないの一言に尽きる。


 ココハ ジゴク ゼッタイ コナイデ


 同い年の元クラスメイトの女の子が、一人で世間をひっくり返すような事件を起こして“真実”を叫ぼうとしていたのに僕は自分の痛みにしか興味がなかったのだから。

 言い訳なんて何もない。

 僕はやっぱり弱くて身勝手な、さっさと死んでしまえばいい無価値な人間だ。

 非力な少女がどうやって、一人で十七人もの人間を殺せたのか。

 少女はどうして、彼らを殺したのか。

 この事件を語る時、マスコミはいつもこの疑問を口にする。裁判で終始無言を貫いた加藤杏は状況証拠から有罪となり、医療少年院へと送致された。彼女はそこでも事件については一言も発しなかったという。

 それなら、僕が代わりに言おう。

 彼女と同類のヒトデナシの僕が、言ってやろう。

「彼女は誰も殺していない」


 ――彼女が殺したかったのは、僕だけなんだ。