父は自分は東京で優雅にデザイナーズマンションで暮らして怠惰な毎日を満喫しているくせに娘はこんな辺境に送るのか。こんなの完全に厄介払いだ。ふざけてる。私をまだ子供だと思ってナメてるんだ。ヤバい薬をやってることを警察にバラすと脅してやろうか。私は眼前に広がる名前も知らない山の山稜をにらみつけながらそんなことを考える。

 目の前で電車の自動扉が開いた。

 アナウンスでここが降車する駅だと私は知って、仕方なくキャリーバッグを転がして涼しい車内から灼熱の外に出た。ぶわっと汗が噴き出してくる。

「杏、大きくなったね~~」

 私は、唐突に名前を呼ばれて、真横を見た。

 白いペンキがはげて、ところどころに赤茶色の錆がこびりついている腰くらいの高さの鉄柵の向こうに、見知った顔の女性が立っていた。

(なごみ)おばさん?」

 私は、鉄柵を挟んで私の方に手を振るフリルのついた白いワンピースを着て大きな麦わら帽子を被った女性に疑問形の声を投げた。

「ぶ――! 大不正解です」目の前の女性は、赤く火照った頬を膨らませて両手の人差し指でバッテンを作って顔をしかめた。
「あ、すみません」親戚の叔母さんが迎えに来てくれたと勘違いした私は頭を下げた。
「正解は、和お姉さんです」

 ワンピースの女性はへらっとした緊張感のない笑顔を浮かべてそんなことを言い放った。

 そっちかよ。

 私は脱力する。和さんはあいかわらず和さんのようだった。

「杏、ちょっと行った先に、鉄柵のないとこあるから、そこから出ると近道だよ」
「え? でも、切符は」
「ここ無人駅」
「マジですか」

 私はますます身体から力が抜け落ちるのを感じる。この私が、原宿で芸能事務所や出版社にスカウトされて読者モデルを経験したこともある加藤杏さんが、これから生活する町の最寄り駅が無人駅? 超泣けてくるんだけど。

「杏、午後からは学校行くんでしょ? ほら急いで急いで」
「和さん、私、もう帰りたい」
「さすがにホームシックには早くない? しっかりしろ十四歳」
「三十路過ぎて、未だに少女趣味の抜けない和さんにそんなこと言われる日が来るとは思いませんでした」
「まだ二十九歳と十八ヶ月だもん」
「もう諦めて現実を見てください」