「何をだ?」僕はトーストを皿に置いて、立ち上がり二人に向き直った。
「いつから、緒方さんと杏があたしをあざ笑っていたか、です」

 ようやく藤原の声と表情に感情がにじみ出した。奇妙に開かれた唇と、釣り上がったまなじりに、静かだが強い憤怒の情を僕は感じ取る。

「僕も加藤も、君をあざ笑ったことなんてない。僕は加藤に君のことを話したことさえない。そもそも君は加藤の知り合いだったのか?」

 僕は彼女に尋ね返す。すると、藤原は瞳孔を大きく開き、首を曲げて真横に立つ加藤へと顔を向けた。「そうなの? 杏」

 加藤は視線だけを動かして藤原を見ると「緒方の言うとおりだよ」と答えた後、吐息を吐き、「せっかく緒方と再会して、楽しくセックスしてるのに、何であんたのことを話題にしないといけないの?」と付け加えた。

「杏とセックスしたんだ、緒方さん」藤原が加藤を睨んだまま僕に言葉を投げた。
「ああ」と僕は首肯して「この部屋の状態で、察してくれ」と答えた。
「そうですね、汚い床に、汚い下着が散らかったままで、汚い精液と血が混じった匂いが充満してます。夕べはお楽しみでしたね」
「あ、今の、和さんっぽい」加藤が藤原をちゃかすように笑い声をあげる。
「ふざけるな、加藤杏っ!」

 いきなり激昂した藤原が、右手で加藤の頬を叩こうとした。だが、加藤は顔色ひとつ変えずにその手首を左手で掴んで捻りながら自分の方に藤原の身体を引き寄せると、ぱしん! と軽い音を鳴らして右手で彼女の頬を叩いた。

「こうして、私がナミトクに転入した日、柘植(柘植に点を打つ)にビンタしてもらったんだよね? 藤原皐」
「なっ……?!」

 左頬を押さえながら、藤原が息を飲んだ。叩かれたことより、加藤の発言に驚いているようだった。

「あんた、あの日、私が部屋に入った時、こうして頬を腫らして泣いていたね。私のキャリーバッグの中身をあの緑ジャージが荒らして、財布と携帯を没収したって、止めようとしたら、あいつにビンタされたってウソついて。私をハメようとした」

「……杏、いつから知って……」
「緑ジャージは左利きだよ、皐。フツーにビンタしたら、右頬を叩くはずなんだよ。でも、あんたがあの日腫らしてたのは、左頬だった。それで、私は確信した。あんたは私にウソをついてるって」
「確信?」藤原の声が微かに震えだした。