私は三十分ほど食堂に残った後、女子全員をその場に待機させたまま、自室に戻る。扉を開けると、Tシャツとジーンズに着替えた杏がいた。彼女は唇を真一文字に引き結び、鋭い目であたしを見た。

「杏、鍵は……」

 あたしの問いに、杏は右手の手のひらを開いて見せる。ちゃり、と涼やかな音を立てたそれは、三つの鍵だった。

「どれが職員室の鍵か分からないから、とりあえず全部盗ってきた」
「すごい。手際いいね」

 それはさんざん杏を騙してきたあたしが発した貴重なあたしの偽らざる本心の言葉だった。

「すぐに行こう。皐、動きやすい服に着替えて。最悪、鍵で開かなかったら、門、乗り越えるよ」
「乗り越えるって、どうやって? 門、三メートルはあるのに」
「そんなのその時の状況次第だよ。ベンチを持ってきて、その上で私があんたを肩車したら、あんたは門の向こうに行けるんじゃない?」
「三メートル下に落ちるじゃん。捻挫か骨折しちゃうよ」
「歩道を這いつくばってでも逃げなさいよ。レイプされるくらいなら海に身投げするんでしょ? 怪我くらい我慢して」

 杏は手のひらで三つの鍵を握りしめると、あたしを射貫くかのような目で睨んだ。

 あたしは、自分がすべて計略を企てて、目の前の子を騙しているはずだ。

 あたしの方が圧倒的に有利なはずだ。

 なのに、あたしは、その時、杏からの圧に、完全に飲まれていた。

 この時、気付くべきだったのかもしれない。

 加藤杏は、とてもあたしなんかの手に負える人物ではないのだ、と。



 ――殺してあげるっ! 後で絶対に殺してあげるっ!



 彼女を罠にハメて、あたしは男達と行為に興じながら、汚されていく加藤杏の叫び声が十年経った今でも耳に残っている。

 あの女は言った通り、次の日の朝、炭酸ガスを教室にまき散らし凶行に及んだ。あたし以外の男子も女子も全員殺した。そしてあたしとお父さんの楽園をツブしたのだ。

 あたしは加藤杏を支配するどころか、彼女に殺されかけた。

 彼女がどうして、他の生徒やあたしを殺そうとしたのかは分からない。

 杏が殺すべきなのは、お父さんや職員の男達だと予想は出来たはずなのに。

 もしかしたら、あたしが思っていた以上に、彼女はあの夜、壊れてしまったのかもしれない。

 きっと、そうだ。