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 次の日の夜、食堂で女子生徒が次々と籤を引くのをあたしは、黙って見つめていた。

「先行くね」

 杏は予想通り、最後まで成り行きを見ないまま、食堂を出て言った。今までの籤でも、あの子は自分が引いた後は、すぐにここを出た。きっと誰が犠牲になるのか知りたくないからだろう。攻撃的なくせに繊細な子なのだ。あたしは彼女が出て行くのを見届けると、ポシェットからあらかじめ用意してあった、先端の赤い当たりの籤を取り出すと、杏を追いかけて食堂を出た。心の中で湧き上がってくる獰猛な感情とは裏腹に瞳からは涙をこぼしながら。あたしは、泣きながら杏の姿を求めて階段を駆け上がる。いた。踊り場で、月を見上げている。あたしは当たりの籤を右手に持ったまま叫んだ。

「杏!」
「皐」杏があたしを見下ろす。そして、すぐにその大きな瞳をさらに大きく見開いた。彼女の視線はあたしの持つ先端の赤い籤をとらえたようだ。「皐、あんた……」
「当たっちゃった……」

 あたしは杏の立つ踊り場に着くと、籤の先端を差し出して見せた。

「……そう」

 彼女は静かな声でそう言った。一見、無関心に見えるがそうじゃないとすぐに分かった。彼女の瞳から透明な滴が落ちたから。あたしはその時、加藤杏という子の本性を見た気がした。この子は、優しい。好きなモノを壊したくなるという厄介な衝動を抱えた社会不適合者に違いはないけれど、他人のために泣ける高貴な魂を持っている。ああ、杏、あなた素敵だよ。ますます壊したくなったよ。

 だから、今夜、あたしはあなたを罠にかける。

「お願い、杏、あたしと逃げて」

 あたしは泣きはらした顔を彼女に向けて、そう言った。そうすれば彼女は決して拒めないと知っていて言った。

「いいよ」

 杏はあたしの持つ籤を奪い取り、両手で真っ二つにへし折った。彼女の強い決意の表れだとあたしは感じた。

「あたし、今夜、職員室に忍び込んで、門の鍵を盗んでくるよ。杏はそれまで部屋で待ってて」
「でも、職員室にもそもそも鍵がかかってるでしょ。それはどうするの?」
「柘植さんが合鍵を持ってるから。それを借りるよ」
「あの子、そんなもの持ってるの?」
「うん、あの子は職員に信頼されてるみたい。だから委員長なんだよ」

 あたしの言葉を聞くと、杏は少しだけ考えてから、首を横に振った。