あたしは運転席越しに彼女の背中を蹴った。彼女はまるで何でもないように「はしたないですよ、お嬢様」と言いながら四つ角を曲がった。あたしは彼女の言葉など無視して、右足のブーツの足裏を運転席の背後にくっつけたまま、ふん、と鼻を鳴らした。十年前、あの子を狩りに行った時だって、別に一人で全部出来たんだ。あたしは完璧に哀れな少女を演じてあの子をハメてやったのだ。彼女は完全にあたしを信じていた。それは間違いない。あたしはあの時、本当にうきうきした。いつ裏切ってやろうかと。最高のタイミングで裏切って、あの子の済ました表情を絶望で染めるのを楽しみにしていた。可愛いモノ、キレイなモノを見つけるとイジメ抜いて壊したくなる。それがあたしの生まれついて背負った性癖なのだから仕方ない。どんなに薬を飲んでも治らない。

 でも、誤算だった。

 まさか、あの子が十七人も殺すとは思わなかった。

 そこまでするなんて思わなかった。

 今でも、あの日の教室の光景は、あたしの網膜に鮮明に焼き付いている。

 真っ赤な返り血に染まった喪服を着て、サバイバルナイフを右手にぶら下げ、あたしに近づいてくる彼女は、さながら死神のようだった。ガスマスクのせいで、あたしには彼女の表情がよく見えない。

 マスクを脱いで、顔を見せてよ、杏。

 次の瞬間、ざくっと音がして、あたしの視界が急激に暗くなる。

「さよならだよ、皐」

 たぶん、彼女は、最後にそう言った。

 ホント馬鹿だよね、あの子もあたしも。

 あたしは、目を瞑ってあの子のことを思い出す。

 あの子の名前は、加藤杏。

 そして、あたしの名前は、藤原皐。

 十年前の大量殺人事件の生き残り。

 十八人の死傷者の中の唯一の死者じゃなくて傷者。

 あの事件の真実を知っているのはあたし、藤原皐だけ。