畑の変化を目にしてから一時間ほど畝(うね)から生えた芽を眺めていた。
 しかし、芽が出た以上の変化はいつまでたっても起きない。
 もしかしたら葉っぱでも開くかな?と思ったんだけど。

緑の手(グリーンハンド)の力でトト○みたいにこうぶわっ!って育つのを期待したんだけどなぁ」

 やっぱり家の中から傘でも持ってきて謎ダンスしたほうがいいのだろうか。
 そんな事を思いつつしばらく待っていたもののやはり変化はない。
 やがて昼間の疲れもあってか、襲ってきた眠気に誘われ諦めて部屋に戻り、布団に潜り込んだのは既に深夜三時を回ったころであった。

 朝になり、かなり遅くに眠ったにもかかわらずカーテンをしていなかったせいで窓から差し込んできた太陽の光で目が覚めた。
 モーニング代わりに昨夜と同じように袋から種を取り出し適当に朝食にする。
 生前は仕事が忙しすぎて十秒チャージなゼリー飲料等で一日の栄養補給を終わらせる事も珍しくなかった。
 おかげで重病で即死とかシャレにならない結果を招いたわけだが。

 俺は数粒の種を咀嚼しながら玄関から出て井戸で顔を洗ってから畑の方へ足を向けた。
 遠目に見ても寝る前に見た状態よりかなり成長している様子。
 夜中俺が見ている間はピクリとも成長しなかったというのに、なんだか納得がいかない。

「しっかし種を植えて一日もしないうちによくもまぁこんなに成長したもんだ」

 俺の目の前には綺麗に並んだ五種類の植物がそれぞれ様々な形の葉を広げていた。
 植えたばかりだというのに既に高さは三十センチ。
 茎の太さも3センチくらいまで育っている。
 正直かなり丈夫そうだ。
 物によっては支え棒が必要かと思ったが、これくらい太ければ必要ないかもしれない。
 女神様はたしか五種類それぞれ別の野菜だと言ってたけど。

「でも葉っぱの形以外では全部同じにしか見えないんだよなぁ」

 それにこの中にキャベツとか白菜とかはなさそうだ。
 キャベツのみじん切りとか好きなんだけどしばらくお預けか。
 もしかしたら街に行けば他の野菜の種も手に入るかもしれない。
 さすがにホームセンターとかは無いだろうけど。

「仕方ない。これが育ったら売りに行って他の野菜の種を買うか」

 俺はそう嘆息すると、今日もまた畑を耕すために小屋に向かうのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 昨日の農作業で体が慣れたのか、今日は昨日よりも倍くらいの速度で畑を耕すことが出来た。
 気のせいだろうけど鍬もかなり軽く感じる。
 昨日あれほどヘロヘロになっていたというのに疲れもあまり感じなくなっていた。

 たった一日でコツを掴んだのか?
 もしかして俺にはそういう才能があったのだろうか。

「スローライフのためなら~ざっくざく~♪」

 あまりに調子が良いのでつい鼻歌まで出てしまう。
 昨日あれだけ苦労したのが嘘のようだ。

 ちなみに作詞作曲は俺だからJAS○ACに突撃されることもない。
 まぁ、こちらの世界には無いだろうけどさ。

「ふ~、休憩しよう」

 おひさまが頂点に達した頃。
 額に浮かんだ汗を拭いながら俺は冷たい井戸水を飲んで日陰で休憩することにした。
 それにしてもこの井戸水はとてつもなく美味しい。
 あっちの世界にあったらこの水で十分商売できるレベルだ。

「これで蕎麦とか打ったらとんでもなく美味しいのが出来そうなんだけどな」

 問題はこちらの世界に『蕎麦』があるのかどうかだ。
 女神様は植生は近いって言ってたからあると思うんだけど入手が難しそうだ。
 出来れば蕎麦と麦と米は育てたい。
 この緑の手(グリーンハンド)があればどんな土地でも育てられるはずだし。

「米とか水田にしなくても作れるのだろうか?」

 田んぼじゃなく畑で育つ稲穂とか素人目では麦と区別がつかないんじゃなかろうか。
 そんな疑問を口にした時、

 ポンッ!!

 突然畑の方から何かが破裂するような音が聞こえてきた。

 ポンッ!
 ポンッ!
 ポポポンッ!

 連続して響いてきた音に慌てて腰を上げて日陰から飛び出す。

「いったいなんなんだよ」

 ポンッ!!

 畑に向かう俺の目に、さっきまで三十センチくらいしか無かった茎の長さが二倍くらいに伸びているのが見えた。
 何という成長の速さ。
 そして次々とその茎の天辺に破裂音をたてて開いていく五色の花たち。

「もう花まで咲くのかよ。女神様の力って強すぎるんじゃないの?」

 驚きながらも昨日植えた野菜たちのもとに駆けつけた瞬間。

 ボンッ!

 最後の一本に見事なピンク色の花が咲いたのだった。