一時間後。

「いや、無理。無理だわ」

 俺はまだ二割程度しか耕せていない畑の脇で、腰に手を当てながらへばっていた。
 勢いよく耕し始めたは良かったものの、社会人になってからは畑仕事など一切やってない体はすぐに悲鳴を上げた。

 最終的に腰に違和感を感じた時点で、これ以上の無理は危険と判断。
 こんな人知れぬ山奥でぎっくり腰なぞ起こしたら洒落にならない。
 最悪死ぬ可能性すらありえる。

 さぁスローライフの始まりだ!と、つい意気込んで加減も考えず突っ走ってしまった。

 都会暮らしのデスクワーク専門で鈍った体をなめていた。
 せめて準備運動くらいはしておくべきだったな。

「まぁ食料もしばらくは余裕あるし、徐々に畑を広げていけばいいか」

 俺は鍬をいったん小屋に仕舞いに行き、今度はじょうろと小さめのスコップを持ち出す。

 スコップを畑の横に置いてからジョウロをもって井戸に向かう。
 既に汗だくだった俺は井戸水で顔を洗い、ついでに渇いた喉を潤す。

「ぷはぁ、本当にこの井戸水美味いな」

 あまりの水の美味さにもういちど感動する。
 やっぱりこれも女神様が『がんばって』美味しく作ったのかもしれない。

 所々気の利かない感も否めないが、この井戸に関してだけは素直に女神様に感謝したいな。

「さてと、いつまでも休んでる場合じゃない。今日中に種を植えるところまではやっておきたいし」

 そうすればもしかしたらスキルの力で明日には収穫出来たりするかもしれないしな。

 流石にそんなことはないか。

 俺は持ってきていた手ぬぐいで軽く顔を拭くと、ジョウロに井戸水をいれてから畑に戻る。
 そこでハタと気がついた事があった。

「そういえば女神様から貰ったスキルの『|緑の手(グリーンハンド)』ってどうやって使うんだ?」

 あの女神様は『|緑の手(グリーンハンド)』の効果は教えてくれたけれど、使い方に関しては一切のレクチャーも無かった。
 多分色々テンパってたせいで忘れてたのだろうが、スキルの説明って一番重要なのではなかろうか。
 まぁ、俺もあの時きちんと聞いておけばよかったのだろうけど。

 さて、どうするか。

「とりあえず普通に種を植えてみるか」

 一瞬アニメとかでよくあるように技名を叫んでみようかとも思ったが、俺はもう中二病は卒業して久しく流石に無理だと思った。

 誰も見ていないとはいえ、そういうのは他のことを試してからでも遅くはないだろう。
 もしかしたら常時発動系のスキルかもしれないしな。

 俺は頑張ってさっき作った数本の畑の畝(うね)にスコップを使って種を植えるため穴を掘る。
 その穴に女神様から貰った種を一列あたり五個を目安に全種類埋めた後、ジョウロで水をかける。

 女神様の言っていた『|緑の手(グリーンハンド)』の力は今のところさっぱりわからない。

 肥料をあげたりもするべきだろうか?
 多分小屋の中にあるとは思うんだけど。
 だけどあの時、普通作物が育たないような土地でも育つようになるとかいってたからな。

 栄養のなさそうな土地でも育てられるってことなんじゃないか?
 だとしたらずいぶんなチートっぷりだと思う。 

 そういう部分も要研究だな。

「頼むから立派に育ってくれよ。俺のスローライフはお前たちにかかってるんだからな」

 俺は目を閉じながら畑に合掌しそう願った。

「さてと」

 色々やっているうちに既に日が少し傾いてきている。
 現状家の中に灯りはない。

 ライターかどこかにしまってあるはずの懐中電灯、もしくはロウソクが必要だが探してるうちに日が暮れかねない。

 なので日が出ているうちに風呂に入ったり洗濯したり夕飯を作ったりしなければならないのだが。

「何はともあれ、体中土と汗だらけだからまずは風呂だな」

 といっても、ボタン一つでお湯が出るなんてこの世界ではありえないわけで。

「井戸の水を汲んで風呂桶に溜めるだけでも死にそうだ……」

 これからしなければならない労力を思い浮かべ、げんなりした顔で凝り固まった腰をトントンと叩きながらバケツに水を汲み始めた。


 だがその後ろ、少し前に野菜の種を植えた畝が淡く緑色に光っていることにその時の俺は全く気がついていなかったのだった。